【解説】人事の4サイクルが「AI前提」に塗り替わる。2026年、採用・配置・育成・評価で何が起きているか
INDEX
もはや生成AIは単なる「効率化ツール」の域を超え、個人のキャリアと企業の人材戦略を根底から変える存在となった。2026年、企業は「AIを使えるか」ではなく、「AIを前提にどう組織を動かすか」というフェーズに移行している。
その変化は、採用・配置・育成・評価という人事の4サイクルすべてに及んでいる。生成AIが書いたエントリーシートが当たり前になった採用現場では、ロート製薬がESを廃止して「対話」に切り替えた。ソフトバンクは250万超のAIエージェントを全社員で作成し、1,000名を成長分野へ再配置した。三菱商事は管理職昇格にAI資格を義務付け、アクセンチュアはAIのログイン履歴を昇進条件に組み込んだ。
なぜいま、人事サイクルはAI前提に塗り替わるのか。本記事では最前線の企業事例を横断的に解読し、経営層・人事担当者がいま取るべき一手を提示する。
【採用】「AI前提」の選考基準。「人間性」と「実装力」の選別
AIによる応募書類の自動生成が一般化した2026年、採用の現場はある「進化」を遂げている。これまでの「書類の綺麗さ」や「定型文的なアピール」が判別不能になるなか、企業は選考の評価軸そのものを再定義し始めた。
その最前線にいるのがDeNAとロート製薬だ。両社の戦略は、生成AIという時代の変化に対してまったく異なる解を導き出している。DeNAがAIの実装思考を直接評価する「テクノロジーへの全振り」に舵を切ったのに対し、ロート製薬はAIで均質化する書類を排して「人間性の対話」へと回帰した。アプローチは真逆だが、どちらも従来の採用モデルからの脱却を図っており、そこに、2026年の採用改革の本質がある。
DeNA:AIを「作る・使いこなす」能力の直接評価
2026年3月、DeNAは2027年度新卒採用を全面刷新した。全社方針「AIオールイン」を体現すべく、「AIジェネラリスト」「AIスペシャリスト」の2コース制に再編。全職種の初任給を標準年収600万円〜に引き上げ、AI人材の争奪戦に正面から臨む。
評価するのは単なる知識ではない。実際のビジネス課題に対してAIをどう組み込み、価値を最大化できるかという「実装思考」だ。「AIスペシャリストコース」ではコンピュータビジョン・強化学習・生成AIなどの高度専門性を問い、「AIジェネラリストコース」ではエンジニア・デザイナー・ビジネス職それぞれがAIを横断的に駆使する能力を評価する。
「AIスキルは入社後に研修で身につける」という従来モデルに対し、採用の入口からAI前提で設計し直すという選択肢が提示された。同社の試みは、今後の育成と採用のあり方に一石を投じる事例として、他業種からも強い注目を集めている。
出典:DeNA 2027年度新卒採用方針刷新のお知らせ(https://dena.com/jp/news/5359/)
ロート製薬:あえて「書類選考を廃止」し、対話を重視
2025年12月15日、ロート製薬は2027年4月入社向け新卒採用においてESによる書類選考の廃止を発表した。背景にあるのは、生成AIの普及によるESの均質化だ。「内容は整っているが個性が見えない」採用担当者が感じていたジレンマに、同社は根本から向き合った。
代わりに導入したのが「Entry Meet採用」だ。全国8拠点で人事担当者との15分間の直接対話を採用プロセスの第一ステップとする。AIが代替できない「熱量」「ビジョン」「価値観の整合性」にフォーカスを移したこの設計は、単なる差別化策ではない。
同社の入社3年後新卒定着率が96%(2021年入社)という高水準を維持してきた背景にある「相互理解を重視した採用哲学」の延長線上にある。
採用コストの増加を甘受してでも「ミスマッチ防止」を優先するこのアプローチは、中長期の従業員エンゲージメントへの先行投資と捉えるべきだろう。
出典:ロート製薬 Entry Meet採用 公式サイト(https://entrymeet.rohto.co.jp/)
出典:ロート製薬 プレスリリース(2025年12月15日)(https://www.rohto.co.jp/news/release/2025/1215_01/)
【配置】「AIネイティブ組織」による少数精鋭化の加速と戦略的再配置
「人が足りないから補充する」という時代は終わった。2026年の配置戦略は、「AIでレバレッジをかけ、最適な場所に人を置く」という設計思想で動いている。人員を削減するのではなく、AIが肩代わりした業務から解放された余力を、より高い価値を生む場所へ集中投下する。それが少数精鋭化の実態だ。
NOT A HOTEL:「100倍の組織」を目指すAIネイティブ配置
「AIによる効率化で組織を1/100にする」のではなく、「同じ人数で100倍の価値を出す」——NOT A HOTELが掲げる組織設計の哲学だ。全社員をAIエンジニア的思考を持つ人材と定義し、フロント業務の自動化・効率化で生まれた余力を、ホスピタリティ(人間)×テクノロジー(AI)が交差するポイントへ集中投下する。
宿泊・不動産テックというリアルサービスの現場でこの設計を実現した点が、業種を超えた参照事例として注目されている理由だ。「AI導入=人員削減」という社内抵抗を乗り越える上で、「レバレッジ型配置」のロジックは経営層への説明ツールとしても有効に機能する。
出典:NOT A HOTEL 組織設計についてのnote記事(https://note.com/notahotel_inc/n/n34541751820c)
ソフトバンク:250万個のAIエージェントと1,000人の配置転換
ソフトバンクでは、中長期の人材戦略として「テクノロジーを原動力とした自律的なキャリア支援」を掲げ、約1,000名もの人員をAI・クラウド等の成長分野へ戦略的に再配置(シフト)する大規模な構造改革を推進している。
この大胆な再配置を支える土台となっているのが、全社を挙げた徹底的なAIリテラシーの底上げだ。2025年6月、ソフトバンクは全社員を対象に「1人100個のAIエージェントを作成する」というプロジェクトを始動した。わずか2ヶ月半で250万超のAIエージェントが誕生。プロジェクト終了後のアンケート(9,207名回答)では約9割がポジティブ評価、約8割が今後業務でAIを活用するイメージができたと回答した。
リスキリングと再配置をセットで設計したことで、「AI化による人員整理」ではなく「成長への昇格機会」として従業員に受け取られた。この設計の巧みさこそが、99%近い社員を巻き込んだ全社プロジェクトを成立させた根幹にある。
出典:ソフトバンク 250万AIエージェント作成プロジェクト詳細(https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20251204_01)
【育成】「全社リテラシー」から「専門人材」まで——全社員を巻き込む育成戦略
育成の課題は二層構造だ。まず全社員が「AIを安全に使える」状態を作る底上げが必要であり、同時に組織のAI活用を高度化・事業化できる専門人材も育てなければならない。2026年、この2つを分けて設計し、それぞれに明確な投資をしている企業が人材競争の優位を握り始めている。
エクシオグループ:グループ9,000人への「生成AIパスポート」全社展開
通信インフラ大手のエクシオグループは、GUGAのパートナー会員として2024年より最新動向の把握と社員のAIリテラシー向上に取り組んできた。その取り組みが2025年9月、グループ全社9,000人規模での生成AIパスポート受験という形で結実した。
資格取得の目的は単なる「学習の証明」ではない。情報漏洩・著作権侵害等のコンプライアンスリスクへの対処を全社員が共通理解として持つことで、「AIを安全に使える組織」としての信頼性を対外的に可視化することにある。
さらにグループ子会社のエクシオ・システムマネジメント(約800名)も同年、2025年度を「生成AI活用元年」と位置づけ、全社員対象の生成AIパスポート取得運動を展開している。通信・社会インフラからシステムソリューションまで、建設現場からデジタル領域に及ぶ幅広い事業を持つ同社が全社員のAIリテラシーを証明する資格取得を推進したことは、「AIリテラシーはDX部門だけの話」という認識の終焉を象徴している。
出典:エクシオグループ プレスリリース(2025年9月18日)(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000030.000069346.html)
サイバーエージェント:全社員から高度専門家まで、3階層で育てる
サイバーエージェントが2023年10月より展開した「生成AI徹底理解リスキリング」は、育成の設計思想そのものを業界に問い直した取り組みだ。全執行役員を含む6,200名超・社員の99.6%が講義視聴と社内テストを完了するという、大企業では異例のスピードと完走率を達成した。
その設計は3階層に分かれている。全社員向けの「for Everyone」では生成AIの基礎・法務・セキュリティを学び、エンジニア向け「for Developers」ではLLM開発スキルとハッカソンで実装力を鍛え、機械学習エンジニア向け「for ML Engineers」ではモデル構築・チューニングという最前線の専門技術を習得させる。
この3階層の設計によって、「全社で共通言語を持ち、エンジニアがすぐに実務へ実装できる環境」を組織全体で作り上げた。
「全員の底上げと、専門人材の即戦力化を、1つのストーリーとしてつなぎ合わせる」
これがサイバーエージェントが示した育成の最前線だ。
出典:サイバーエージェント 生成AI徹底理解リスキリング (https://www.cyberagent.co.jp/news/detail/id=29485)
出典:サイバーエージェント 99.6%達成 詳細レポート (https://developers.cyberagent.co.jp/blog/archives/45621/)
【評価】リテラシーの「加点」から、昇格の「必須要件」へ
評価制度において、AIスキルはもはや「あれば望ましい」ものではなく「なければ昇格できない」通行手形へと変わった。この転換を先導したのが、「資格による義務化」と「ログによる実践測定」という異なるアプローチで評価制度を再設計した2社だ。
三菱商事:2027年度から管理職昇格に「AI資格」を必須化
2025年4月、三菱商事は2027年度より課長級への昇格要件として、日本ディープラーニング協会(JDLA)が運営するG検定の取得を義務付けると発表した。将来的には役員含む約5,400人の全社員への義務付けを目指す。
背景にある危機感はシンプルだ。「意思決定層のAIリテラシーが欠如していると、組織全体のDX推進速度が落ちる」この問題意識が、人事制度の変更というもっとも強いメッセージの形で表出した。
AI資格への関心はすでに業界全体で高まっている。JDLAの集計(2023年9月時点)では、G検定の受験を推奨する企業は350社超、受験料補助を設ける企業は295社に上る。三菱商事の「必須化」宣言は、「推奨」にとどまっていた多くの企業を「義務化」へと後押しする可能性がある。
出典:日本経済新聞「三菱商事、AI資格を管理職の昇格要件に 全社員必修へ」(2025年4月28日)(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC09CPU0Z00C25A4000000/)
アクセンチュア:昇進の鍵は「AIログイン履歴」
2026年2月、英紙フィナンシャル・タイムズは、コンサルティング大手アクセンチュアが幹部社員の社内AIプラットフォームへのログイン頻度と活用度を週単位で収集し、経営幹部への昇進条件の一つに組み込んでいると報じた。
「資格を持っているか」ではなく「実際に日常業務でAIを使いこなしているか」を問う評価軸への転換だ。同様の動きはKPMG(Copilot利用データを2026年業績評価に反映)、Amazon(サプライチェーン部門で昇進候補評価に活用)など大手に急速に広がっている。
「資格による一斉義務化」でAIリテラシーを保証する三菱商事と、「ログによる活用頻度」で日々の実践度を測るアクセンチュア。アプローチこそ違えど、AIスキルがもはや「あれば望ましい加点要素」ではなく、現代のビジネスパーソンにとって「評価・昇格のスタートラインにすら立てない必須要件」へと変化した現実を、この2社の動きは示している。日本企業においても、資格の取得率やAIツールの活用度といった「AI前提の評価基準」を、人事KPIに組み込む動きが今後加速するだろう。
出典:日本経済新聞「アクセンチュア、AI利用を昇進条件に ログイン数監視」(2026年2月20日)(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC19CEQ0Z10C26A2000000/)
AIスキルは「個人の武器」から「組織の生存要件」へ
2026年、生成AIをめぐる議論は「どう使うか」というツール論を通り越し、「AIを前提に人間はどう価値を出すか」という組織論・生存論へと到達した。採用・配置・育成・評価という人事の4サイクルすべてで、その再設計はすでに動き出している。
重要なのは、どのサイクルから手をつけるかではなく、4サイクルをひとつながりの設計として捉えることだ。採用でAIスキルを評価軸に組み込めば、配置転換はAI化と連動したレバレッジ設計になる。育成で全社リテラシーと専門人材の2軸を整備すれば、評価制度への「AI活用必須化」が自然な次のステップとして機能する。
AIネイティブ世代が労働市場に参入し、採用から評価までAIが前提となる組織への移行が急速に進む今、「まだ様子を見る」という選択肢のコストは日々高まっている。人事の4サイクルをAI前提で設計し直す——その一歩を今踏み出せるかどうかが問われている。