40年の教育現場とAIが出会う瞬間。子どもに向き合う時間を生み出す、ベテラン教員の挑戦【Story #4】
INDEX
企業が生成AIの導入・活用を推進するなか、すべてのビジネスパーソンに求められる生成AIリスキリング。実際に生成AIを安全に活用するためのリテラシーやスキルの習得に取り組み、新たなキャリアの形成や市場価値の向上につなげたビジネスパーソンの「ストーリー」に焦点を当てたインタビュー企画をお届けします。
今回は、公立小学校で40年間教壇に立ち、特別な支援を必要とする子どもたちへの指導にも携わった小山和子さんにお話を伺いました。「リスキリングは若い人のもの」という思い込みを静かに崩す、ベテランならではの等身大のストーリーとは。生成AIパスポートの取得を起点に、教育現場とAIの新しい関係を切り拓いた実践の軌跡を探ります。
検索ツールから「対話できる相手」へ——生成AIとの本当の出会い
ーこれまでの教員キャリアについて教えてください。
小山:公立小学校で40年間、子どもたちと向き合ってきました。学級担任を中心にさまざまな経験を重ね、最後は特別な支援を必要とする子どもたちへの指導にも携わりました。子どもたちとともに学び、成長する時間が、私にとって何よりの喜びでした。
ー生成AIを使い始めたのはいつ頃ですか?最初の印象は?
小山:ChatGPTが日本に出てきてすぐ、1か月も経たないうちにスマートフォンに入れて使い始めました。新しいものや便利なものが好きで、最初は検索エンジンを使うような感覚で使っていたんです。
ところが、ある出来事でその認識がガラッと変わりました。かつて夫婦でお世話になった遠方の方からお線香が届いて、お礼状を書かなければならなかったんですが、そのような経験は初めてで、どう書けばいいかわかりませんでした。検索サイトには定型的な雛形しか出てこなかったので、試しにChatGPTに相談してみたんです。そうしたら「どういうご関係の方ですか」「どんな思い出がありますか」と問い返してきて。そのやりとりの中でこちらの気持ちが少しずつほぐれていって、最後に提案してくれた文面が温かかったんです。これはなんだろう、と。そこから使い方がどんどん変わっていきました。
学校現場で、AIが「壁打ち相手」になった
ー学校現場でAIを使い始めたきっかけを教えてください。
小山:学校行事や教育活動を考える際、AIを壁打ち相手として活用し、多角的な視点を得ることができました。前年度の実績がなかったり、再設計しなければならない行事について、どう組み立てていけばいいか、判断の根拠が何もない状況で、特に役立ちました。問いを重ねるたびに具体的な選択肢を返してくれて、教師の立場でも使えるぞと確信しました。
ー退職後、生成AIパスポートの取得を目指したのはなぜですか?
小山:娘の出産が近いことを知って、退職後はサポートに専念しようと決めたんです。それならAIに興味があるのだから、フリーランスとしてAIで何か仕事したいと思って。フリーランスとして仕事をしていくなら資格が必要だと考えて、生成AIパスポートの取得を目指しました。学ぶのはすごく楽しかったんですが、専門用語や法令の部分でちょっと弱気になりました。カタカナだらけの用語や、著作権・個人情報に関する法令は、40年の教員キャリアとは縁遠い領域で、本当に大丈夫かと不安になって。そこでまたAIに頼ったんです。受験日を相談して、学習スケジュールを一緒に組み立てて、色分けすると勉強しやすいというアドバイスまでもらいました。AIに励ましてもらいながら合格できた感じです。
子どもに向き合う時間を生み出す——授業準備から記録業務まで変えたAI活用
ー子どもたちとの実践で、「これは使える」と感じた場面を教えてください。
小山:限られた時間の中で、一人ひとりの「好き」や「得意」を大切にした活動を心がけていました。ある時は花を題材にした活動を行い、一緒に花の名前を調べたり、図鑑を開いたりする時間が、子どもの笑顔や自信につながりました。私自身、花に詳しかったわけではありませんが、AIを活用して事前に花の名前や特徴を調べ、子どもが使う図鑑に載っているか、ほかの図鑑も含めて確認しておくことで、見通しをもって活動の準備をすることができました。授業では、子どもが索引のカタカナ表記を手がかりに図鑑で花を探し、花言葉などを調べてメモします。それを花や写真と一緒に飾り、花言葉をカードに書いて届ける活動へとつなげました。カタカナを読んだり、書き順を一緒に確認したりする中で、自己有用感と達成感が少しずつ積み重なっていきました。
ー記録業務はどのように変わりましたか?
小山:通級は1時間ごとに異なる子どもが入れ替わりで来るので、前任の先生は手書きでメモを残していたんですが、それは絶対に無理だと思って。解決策が音声入力でした。1時間の授業が終わって子どもが部屋を出た瞬間に、AIチャットに向かってその子の様子を話しかけるんです。個人情報に十分配慮し、必要に応じて匿名化したうえで、活動の様子や子どもの反応、気になった一言などを記録整理の補助としてAIを活用しました。次の子が来る前に記録を残す、この繰り返しです。その文字データを週案の記録欄にそのまま貼り付けられて、週案と記録が一体化していくんです。すごく楽になりました。
さらに週1回、保護者向けの通級報告書を書く必要があって。1週間分の音声メモをもとにAIに下書きの補助をしてもらい、内容は必ず自分自身で確認・修正して仕上げます。学期末には、たまった記録をもとに自立活動の項目別報告文の素案を作成し、同様に自分で確認・修正して完成させました。子どもと向き合う時間を削らずに、記録業務を回せるようになりました。
ただ、子どもの成績や指導に関わる部分は、生成されたものを絶対に鵜呑みにしてはいけません。報告書を完成させるのはAIではなく自分自身。子どもを一番知っているのは自分ですから、その確認作業があってはじめて本当の報告書になると思っています。
編み図とAI、「裏切られる」感覚の正体
ーAIを使ううえで、失敗したことや「鵜呑みにしてはいけない」と感じた経験はありますか?
小山:退職後に孫娘へのベビードレスを編んでいた時のことです。編み図の中で目の拾い方がわからない箇所があって、AIに編み図の写真を送って「鎖から拾うのか、鎖の下の空洞から拾うのか」を尋ねたら、「鎖から拾う、でいい」と返ってきました。その通りに編んでみると編み目が綺麗に出なくて、途中の写真を添えて再度尋ねたら、今度は「空洞から拾っていて、とても綺麗です」と自信たっぷりに肯定されたんです。でも実際には空洞からは拾っていなかった。
別のAIに同じ写真と質問を送ったら、迷いなく「鎖の下の空洞から拾ってください」と答えてくれました。本屋で編み物の本を確認したらその答えが正しくて、編んだ箇所をほどいて編み直しました。AIは、自信たっぷりに間違えることがあるんです。だからこそ確認が必要で、AIには得意・不得意があって、どのAIを選ぶかという判断そのものが重要だと学びました。
教育現場の実践でも同じです。AIの回答をすぐに信じず「本当に?」と問い直して、最終的に公式情報や自分の経験と照らし合わせて確認する。AIに裏切られる、という感覚がわかってきたからこそ、どこまで信頼するかが分かるようになりました。生成AIパスポートで学んだ著作権や個人情報の知識は、こうした日々の小さな確認作業の土台になっています。
子どもにも、保護者にも、教員にも——リテラシーは「草の根」から
ー教育現場全体のAI活用について、現状をどう見ていますか?
小山:紙に書くことは、大切なことだと思っています。タブレットやAIがどれだけ普及しても、自分の考えを紙に書いて伝える力は、生きていく上で欠かせません。紙に書くことは、考えを整理し、相手に伝えようとする力や、丁寧に取り組む力を育てる大切な学びだと思っています。
毛筆の学習で、『なんで筆で書かなきゃいけないの?』と、子どもから聞かれたことがありました。その時、『これは日本の大切な文化なんだよ』と伝えると、子どもはその言葉を受け止め、また一生懸命に書き始めました。その姿を今でもよく覚えています。『なぜ、それを学ぶのか』。そうした問いに子どもと一緒に向き合うことも、教員の役割だと感じています。
その一方で、子どもたちはすでにAIを使い始めています。教育現場では、AIについて学ぶ機会がまだ十分とは言えず、多くの先生方が試行錯誤しながら取り組んでいると感じています。学校や先生個人の努力だけで進めていくには限界があります。それでも、現場で学び合い、一人ひとりが少しずつ実践を積み重ねていくことが大切なのではないかと思っています。
これからも教育現場で、子どもたちや先生方と一緒にAIについて学び、安全でより良い活用方法を考えていきたいと思っています。保護者も、子どもも、教員も一緒に学んでいく場を作ることを、次のミッションとして見据えています。
「面白そう」という気持ちが、全ての入口だった
ー生成AIパスポートを取得して、何が変わりましたか?
小山:やっぱり著作権とか、法的なことは、訴えられるほどではなくても、『これは良くないな』というグレーなところまで気をつけるようになってきました。noteで記事を書く時も、一度AIに聞いて、大丈夫かどうかを確認してから載せるようになりました。これは、生成AIパスポートの勉強をする前にはなかった感覚です。
あと、AIの歴史も学んだので、今ニュースを見ていても、『またAIの歴史に新しい出来事が加わるんだな』と思いながら見ている感じがします。
ー生成AIパスポートの取得を検討している方に、メッセージをお願いします。
小山:AIって面白そうだなと思うことが少しでもあれば、まずはちょっと触ってみると楽しいですよ、と伝えたいです。シニアになればなるほど、体力が落ちたり、住む場所が変わったり、家族の状況が変わったりしますよね。そんな時でも、AIがあれば、自分の伝えたいことを発信したり、作りたいものを形にしたりできます。体力や自信がなくても、新しいことを楽しめるかもしれない。その土台になるのが、確かな学びや資格だと思っています。
PROFILE
公立小学校で40年間勤務。長年にわたり学級担任を務め、特別な支援を必要とする子どもたちへの指導にも携わる。生成AIパスポート取得をきっかけにAIリテラシーや安全な活用方法を学び、現在は公立小学校教員として教育現場に立ちながら、note「教育×AIなごみ」にて、教育現場での生成AI活用や実践について情報発信を行っている。