「最強の市役所」を目指す南あわじ市の挑戦。非エンジニア職員が自ら開発・実装する自走型チームは、いかにして生まれたか
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いま全国の自治体でDXの必要性が叫ばれる一方で、「生成AIを使いこなせる人材がいない」「ベンダーへの丸投げでノウハウが蓄積されない」「導入したシステムが現場に合わない」といった課題に直面している組織は少なくありません。
そんななか、人口4万2千人の小規模自治体でありながら、あえてDX専門職の雇用や外部登用に頼らず、既存職員による「アプリ内製化(DIY)」で変革を成し遂げているのが兵庫県南あわじ市です。
「最強の市役所」を掲げる同市では、職員一人ひとりの研鑽と学び合いによる「自走型チーム」が奮闘。身近な業務の見直しから、生成AIを活用したごみ分別アプリの開発まで、小さな成功を積み重ねることで全庁的なDXを推進しています。
同市の取り組みは、生成AI時代における人的資本経営の優れた実践事例を表彰するアワード「GenAI HR Awards 2025」でも、公共セクターの部でグランプリを受賞しました。
守本憲弘市長へのインタビューから、失敗を恐れず挑戦する「自走型チーム」の作り方と、自治体DXにおける「人的資本経営」の実装論を解き明かします。
人口減なのに仕事は激増。「三重苦」にあえぐ地方行政のリアル
──全国的に人口減少や少子高齢化が進むなか、南あわじ市を含む地方行政はどのような課題に直面しているのでしょうか?
守本 よく「人口が減れば行政の仕事も減るだろう」と誤解されるのですが、現実は真逆です。いま我々が直面しているのは、「業務の激増」「人手不足」「予算減」という“三重苦”の壁です。
介護や空き家の問題だけではありません。古くなった道路や橋を直したり、激しくなる災害に備えたり、デジタル化に対応したり……。昔はやらなくてよかった新しい問題に、次々と対応する必要性に迫られています。
その一方で、職員の数は減らされ、使える予算も減っています。人手もお金も減っているのに、やるべき仕事だけがものすごい勢いで増えていく。これが、地方行政のリアルな姿なんです。

──そうした状況下で、行政機能を維持するためにどのようなアプローチをとってこられたのでしょうか?
もはや行政だけですべての要望に応えるのは難しい。その現実を直視し、地域でできることは地域にお任せする体制に変えました。
市内に21ある地区ごとに組織を立ち上げ、見守りやちょっとした課題解決は地域で担ってもらう。そうやって住民同士の助け合いを高め、地域だけで回せる部分を増やしていく方針です。
地域が自立してくれれば、市役所の手が空きます。その余力を、行政にしかできない支援や、「未来への投資」に集中させるのです。
具体的には、本当に支援が必要な方へのケアや、農業・観光の振興。そして何より、次世代のための教育改革です。AI時代を生き抜く子どもたちが、自ら考え学び取れる環境をつくる。 こうした「未来をつくる仕事」にこそ、行政の力を注いでいきたいと考えています。
「窓口で待つだけ」はもう終わり。AIで時間を生み出し、対話のために街へ出る
──改めて「最強の市役所」というビジョンを掲げ、人材育成に注力する理由を教えてください。
「最強の市役所」と言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、目指しているのは「職員の意識を能動的に変えること」です。
これまでの市役所は、どうしても「窓口に来られた方の対応をする」といった受け身の姿勢が中心でした。しかしこれからは、地域に入り込んで住民と話し、課題を解決できる組織にならなければなりません。そのためには、全職員の成長が必要です。つまり、最強の市役所づくりとは、人づくりそのものなのです。

しかし、現状は目の前の業務に追われています。そこでAIなどのツールを使って時間を生み出し、その空いた時間を、住民との「対話」に使いたいのです。
──導入にあたっては、ベンダーへ任せきりにせず「内製化」にこだわっています。それはなぜでしょうか?
すべてを丸投げしてしまうと、職員の現場感覚が活かせないからです。現場の実態を知らない人が作ったシステムは、使いづらかったり、住民のニーズとズレていたりして、結局は失敗します。
さらに、人に頼ってばかりいると、職員自身が考える力を失い、組織の判断力が空っぽになってしまいます。そうなると、業者の言いなりになるしかありません。足元を見られて高いコストを払わされたり、システムに縛られて自由な変更ができなくなったりします。
だからこそ、誰かの言うことを鵜呑みにせず、「自ら手を動かして、試行錯誤する」というプロセスを省いてはいけません。これは市長になって以来、ずっと言い続けてきた私の信条です。自分たちで仕組みを理解しているからこそ、正しく使いこなせるし、必要な時には賢く外注もできるのです。
──その方針が、本格的な内製化へつながったのですね。
転機となったのは、コロナ禍での特別定額給付金です。多くの自治体が業者の対応遅れに悩む中、うちの職員が自分たちでシステムを作り上げ、兵庫県トップのスピード給付を実現してくれました。
この成果によって内製化への確信を得ることができ、2期目の挑戦として「人材育成室」を立ち上げ、本格的な取り組みへと舵を切ったのです。
「美しい成功ストーリー」ではない。泥臭い“意識改革”と“手習い”から始まった
──2021年に「人材育成室」を設置されて以降、どのようにプロジェクトを推進されたのでしょうか?
最初に着手したのは、ツール導入ではなく「人事評価制度」の抜本的な見直しです。失敗を恐れずに挑戦してもらうため、「結果」よりも目標達成に向けた「プロセス(行動)」を評価する制度に変え、個人の目標設定に「自身の成長」に関する項目を必須にしました。
まずは制度という「土台」を変えることで、職員が新しいことに挑戦しやすい風土を作ろうとしたのです。
──制度を整えた上で、スキルの習得を進めたわけですね。
ええ。OCR、RPAなどベーシックなツールの導入や、私自身も講師になって「Excelマクロ教室」を始めるなど、地道な活動からスタートしました。そうしたなかで訪れた最大の転機が、生成AIの登場です。
「これは使える」と確信しましたが、そのままでは回答の正確性に課題がありました。そこで、庁内の正確なデータを参照させる「RAG(検索拡張生成)」という技術を活用し、まずホームページと庁内用の「AI検索システム」を構築してみたのです。

東京の本屋で作り方の本を見つけて、「これなら自分でも作れるんじゃないか」と試してみたところ、市独自の情報をかなり正確に回答してくれることが分かりました。そこで、職員の給与・福利厚生に関する問い合わせや、建設部局が扱う膨大なマニュアルの検索システムとして実装しました。開発にあたっては、総務課や建築技術課の職員も協力し、AIが読み込みやすいようにデータを加工する作業などを担ってくれました。
──もう一つの事例、ごみ分別アプリ「わけるんです♪」はいかがですか?
これは、私の“嬉しい誤算”から生まれたものです。当初、私は職員にプログラミング(Python)を習得してもらおうと考えていました。しかし、ゼロからコードを書くのはハードルが高く、難航してしまったんです。

そこで職員たちは目標を切り替え、「生成AIに指示を出してコードを書かせる」という手法にシフトしました。「こんなコードを組んで」とAIに指示し、エラーが出たら修正させる。その繰り返しで、環境課が以前から必要としていた「多言語対応のごみ分別アプリ」を本当に完成させてしまいました。
プログラミングをマスターしたわけではありませんが、「現場の課題を、AIを使って自ら解決する」という意味では、この実践能力こそが、今、自治体の業務変革に最も役立つスキルなのだと痛感しました。
コードはとりあえず書けなくていい。AIに「作らせる」スキルを育てる
──職員へのAIスキル支援は、どのようなステップで進めているのでしょうか?
AIの活用レベルを「3段階」に分けて育成しています。
1つ目は、「チャットで対話する能力」。いわゆるプロンプトエンジニアリングですが、これは習うより慣れろです。安全な環境を用意して研修などを行ったところ、挨拶文の作成などは多くの職員がお手のものになりました。
2つ目が、「AIに指示して、アプリを作らせる能力」。ここが一番増やしたい層です。職員自身がコードを書けなくても、AIに指示を出せば、先ほどの「わけるんです♪」のような業務ツールが作れてしまう。
3つ目が、「RAGなどを組み合わせてシステムを開発する能力」。これは高いスキルが必要なので、まずは対象者を絞って成功事例を作っている段階です。

──「現場でアプリを作る層」を増やすのは、一見ハードルが高そうですが、どのような工夫をされているのでしょうか。
おっしゃる通り、現場は日々の業務で忙しいですから、きっかけがないとなかなか動き出せません。だからこそ、彼らの背中を強力に押すための「専門部隊」を作ったんです。
それが、2024年4月に立ち上げた「業務改革プロジェクトチーム」です。彼らが各課を回って現場の困りごとを「宿題」として吸い上げ、ITを使った解決策を提案します。
例えば建設課なら、大量にある道路の補修要望をデータ化して地図上で管理する。福祉の現場なら、縦割りでバラバラだった情報を共有する仕組みを作る。こうして一つの課で成功モデルを作り、「これ、あっちの課でも使えるぞ」と横展開していくのが彼らの役割です。
ただ、こうしてチームが動き出してからも、すべての課題がスムーズに解決したわけではありません。自治体ならではの、「ネットワークセキュリティ」という巨大な壁が立ちはだかっているんです。
──一般企業よりも、自治体のセキュリティ要件は厳しいと聞きます。
ええ。我々には「LGWAN(総合行政ネットワーク)」という、外部から遮断された特殊なネットワーク環境があるんです。
通常の生成AIはクラウド上の外部サーバーにデータを送るため、機密情報を扱うLGWANからは自由に利用できません。「議会答弁の検索システムを作りたい」と思っても、内部情報を外に出せないため、そこで手詰まりになってしまう。
そこで、今、我々がたどり着きつつある解決策が、「ローカル生成AI」です。外部通信を行わず、手元の端末内だけで処理が完結するAIを使えばいいじゃないかと。
ただ、これを動かすにはそれなりのパワーが必要になりますから、高性能な「ゲーミングPC」を買ってきましてね(笑)。試しに導入してみたら、外部に情報を出さずに庁内で処理が完結しますし、性能も申し分ない。「これならいける!」と確信しました。壁にぶつかっても諦めず、自分たちで解決策(PC)を買ってくる。これもまた、DIY精神の一つですね。
AI導入の目的は「リストラ」ではない。パソコンから離れ、住民と向き合うために
──現場の職員が自ら開発する「自走型チーム」は、もう定着したと言えるでしょうか?
正直に言うと、まだ道半ばですね。真の「自走」とは、ツールで何ができるかを知っている「シーズ側」と、現場の「ニーズ側」が自然とマッチングされ、職員同士が学び合い、技術を継承していく状態です。現在はまだ我々が手を入れている状況ですので、これを現場主導で回せるようにするのが目標です。
あと、これだけは強調しておきたいのですが、生成AI活用による業務合理化は、決して「リストラ(人員削減)」が目的ではありません。我々の目的は、「職員がパソコンに向かっている時間を減らし、その分、対人関係や住民を巻き込む活動に時間をかけること」です。単純作業はAIに任せ、人間は人間にしかできない「対話」や「創造」に注力する。そのための生成AIだという方針は、絶対にブレさせてはいけません。

──最後に、同じ課題を持つ自治体や企業の読者へメッセージをお願いします。
偉そうなことは言えませんが、一つ確かなのは「何事もスムーズにいかなくて当たり前。まずは踏み出してみる」ということです。踏み出せば課題が見えるし、可能性も見えてきます。トップが「やるぞ」と旗を振れば、「自分も協力したい」という人は必ず現れます。
それに、我々が推進している「DIY(内製化)」は、財政面でも非常に大きなメリットがあります。自分たちで作るわけですから、システム外注費を数百万、あるいは1000万円単位で削減できている可能性があります。予算の厳しい小規模自治体こそ、挑戦する価値があるのです。よく「うちには詳しい人材がいない」という声も聞きますが、小規模な自治体に最初からAIに精通した人材なんていませんよ(笑)。
私に関してはたまたま関心があっただけで、単なるラッキーです。知識や人材よりも大切なのは「意欲」です。知識は後からついてきます。人材も、走り出せば育ちます。だからこそ、「人材がいない」と嘆くのではなく、トップが開き直って旗を振り、職員と一緒になって走りながら考え、勉強することそのものを「楽しむ」。
それが、組織を変える一番の近道ではないかなと思います。南あわじ市に来て「一緒にやろうか」と言ってくれる若い人が出てきてくれたら、我々も非常に嬉しいですね
PROFILE
南あわじ市長
東京大学法学部卒業後、米国ノースウエスタン大学経営大学院修了。通商産業省(現 経済産業省)に入省し、経済産業省産業人材政策室長、資源エネルギー庁参事官(原子力損害対応室長)、中小企業庁経営支援部長、東北経済産業局長などを歴任。 2017年の南あわじ市長選挙で初当選し、現在3期目。「対話と行動の行政」を掲げ、職員のDIYによる業務改善や生成AI活用を推進し、「最強の市役所」づくりに取り組んでいる。