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「AI-SECIモデル」とは何か。AIとの協働で知識創造企業へと変革するための地図

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生成AIの活用が当たり前になる中、単なる「活用率」だけでなく生成AIを本格的に業務に接続し、本質的な成果をあげられるかに注目が集まっています。しかし、多くの会社では「プロンプト主義」から脱却できず、筆者はこれを「生成AI時代の属人化」として警鐘を鳴らしています。

AIエージェントが台頭する中、真の生成AI活用を実現するために、この記事では「脱プロンプト」の重要性と、社内の暗黙知を形式知化し、AIエージェントに実装するための「AI-SECIモデル」について解説します。

目指すべきは「脱プロンプト時代」

現在、多くの企業が生成AIの導入を進めていますが、その活用の多くはまだ個人のレベルに留まっています。例えば、営業担当者が顧客へのメールを作成するたびに、毎回「〇〇の件で顧客へ送るメールを書いてください」とプロンプトを入力するような使い方です。このやり方だと、AIの活用が個人のスキルやプロンプトの書き方に依存してしまい、組織全体のパフォーマンスの底上げに効果的とはいえません。これは、料理人がレシピを見ずに感覚で料理を作るようなものです。腕の良い料理人(プロンプトが上手い人)は素晴らしい料理を作りますが、そのノウハウが他の人に共有されないわけです。

しかし、AIエージェントが高度化し、自律的にタスクを遂行できるようになってきた今、この状況は変わりつつあります。私たちが目指すべきは、個々人がプロンプトを毎回書くのではなく、AIが業務を自律的に動かす「仕組み」を構築する「脱プロンプト時代」です。料理をレシピ化し、誰でも同じ品質の料理を作れるようにするプロセスに似ています。そのプロセスを描くにあたり、ヒントとなるのが「SECIモデル」です。

SECIモデルのAI版「AI-SECIモデル」とは

SECIモデルは、1990年代に野中 郁次郎先生と竹内 弘高先生によって提唱された、組織的知識創造を説明する理論モデルです。当時、欧米の経営学では「組織は情報を効率的に処理するシステムである」という考え方が主流でした。しかし、ソニーやパナソニックなどの日本企業が、マニュアルにないような独自のノウハウやアイデアを基に革新的な製品を次々と生み出していることに、多くの研究者や経営者が疑問を抱いていました。

そんな中、SECIモデルは、知識が「情報」のような静的なものではなく、暗黙知と形式知の相互変換を通じてダイナミックに創造されるものだと解き明かしました。この理論は、目に見えない個人のノウハウ(暗黙知)が、いかにして組織全体の競争力になるのかを初めて体系的に説明したのです。これは、当時の欧米の経営学にはなかった画期的な視点であり、世界的に大きな注目を集めました。SECIモデルは、日本企業の強みの源泉を明らかにした理論として、ナレッジ・マネジメント(知識経営)の分野を切り開きました。

このSECIモデルを、AIという新しいテクノロジーと統合させた、知識創造の加速モデルとして私が提唱するのが「AI-SECIモデル」です。SECIモデルが提唱した「暗黙知と形式知の相互変換サイクル」は、元来、人間を主体とするプロセスでした。しかし、AI-SECIモデルでは、このサイクルの各段階にAIを戦略的に組み込むことで、知識創造のスピードと規模を飛躍的に向上させます。

具体的には、AIは人間が持つ膨大な暗黙知を効率的に抽出し、形式知へと変換する「触媒」の役割を果たします。そして、その形式知を基に構築されたシステム(AIエージェントやワークフロー)は、業務を自律的に遂行することで、人間がより高度な業務や創造的な活動に集中できる環境を生み出します。このAIと人間が相互に作用し合うことで、知識創造は単なる個人の能力に依存するのではなく、組織全体の持続的な成長エンジンとなるのです。

AI-SECIモデルは、4つのステップを循環させることにより、まさに「知識創造の螺旋」をAIの力で自動化し、加速させるための実践的なフレームワークと言えます。ここからは各ステップの詳細を解説します。

共同化(Socialization)|暗黙知の言語化

AI活用の第一歩は、テクノロジーではなく、人間同士の対話から始まります。例えば、ベテランの営業担当者が持つ「顧客の〇〇という言葉の裏には、実は〇〇というニーズが隠れている」といった、言葉にしづらい「勘」や「コツ」といった暗黙知を、チームメンバーとの対話やインタビュー、ワークショップを通じて言語化していきます。このプロセスは、AIに教えるべき知識の「種」を共有する上で不可欠です。

<具体的な方法>

  1. インタビュー:業務に精通したベテラン社員に、仕事の進め方や判断基準について、深く掘り下げてヒアリングします。「なぜそれを選択したのか?」「その時、注意すべきポイントは何か?」といった、行動の背景にある暗黙のロジックを引き出します。
  2. ワークショップ:チームメンバーで特定の業務プロセスについて議論します。「この作業でいつも時間がかかるのはなぜか?」といった問いに対して、各人の観点から意見を出し合い、誰もが当たり前だと思っていた暗黙のノウハウを顕在化させます。
  3. 現場での観察:実際に業務を行っている様子を観察し、無意識に行われている行動や判断を記録します。

表出化(Externalization)|言語化から形式知へ

ここがAI時代の新しい役割である「AIアーキテクト」の真骨頂です。共同化で言語化された暗黙知を、AIが理解し、実行可能な形式知に変換します。例えば、ワークフローやチャットフローを構築することで、定型的な業務や顧客対応を自動化するためのプロセスを設計します。「問い合わせメールの件名に『緊急』とあったら、まず返信文案の候補を3つ作成し、その後で担当者に通知する」といった一連の流れを定義することで、誰が対応しても同じ品質の初期対応が可能になります。

また、AIがタスクを適切に理解し、実行するための前提情報(コンテキスト)を整理・設計するコンテキストエンジニアリングも重要です。例えば、顧客対応エージェントに「当社の製品は〇〇で、顧客は通常〇〇な課題を抱えている」といった背景情報を明確に与えることで、より的確な回答を生成させることができます。さらに、AIを自律的に動かすためには、「あなたは当社のベテラン営業担当者です。丁寧かつ親しみやすい口調で、顧客の課題解決を第一に考えてください」といった、AIの振る舞い全体を規定するシステムプロンプトをしっかりと書き込むことが極めて重要です。これにより、AIの出力が安定し、業務に組み込みやすくなります。

<具体的な方法>

  1. システムプロンプトの設計:「あなたは熟練したマーケティング担当者です。当社のターゲット顧客(30代女性、都内在住)に響くSNS投稿文を、若者言葉を避けつつ作成してください」のように、AIの役割、目的、制約条件を明確に定義します。
  2. ワークフロー・チャットフローの構築:「顧客からの問い合わせ→AIが内容を分析→過去の類似事例を検索→回答案を生成→担当者に通知」といった一連の流れを設計します。
  3. コンテキストエンジニアリング:AIに参照させる情報(過去の顧客データ、製品マニュアルなど)を整理し、「過去の経緯をふまえて」といったコンテキストをAIが判断できるよう準備します。

結合化(Combination)|形式知をAIに実装

表出化で形式知化されたプロンプトやワークフローを組み合わせて、より複雑で高度にタスクをこなすAIへと実装するフェーズです。例えば、「問い合わせメール対応」のエージェントと、「社内データベース検索」のエージェントを連携させ、顧客の過去の購入履歴を自動で検索し、それを踏まえた返信文を作成するシステムを構築します。

また、社内の業務マニュアルや過去の商談履歴をデータベースに格納し、AIが参照できるようにすることで、より正確で最新の情報に基づいた回答を生成するRAG(Retrieval-Augmented Generation)システムを構築することもできます。これにより、新入社員でもベテラン社員並みの知識で対応できるようになります。さらに、AIと外部のツールやサービスを効率的に連携させるための共通プロトコルであるMCP(Model Context Protocol)を活用すれば、AIが「請求書作成」という指示を受けた際、会計ソフトのAPIを自動で呼び出し、必要な操作を自律的に実行するといったことも可能になります。

<具体的な方法>

  1. AIエージェント連携:複数のAIエージェント(例:メール対応エージェント、スケジュール調整エージェント)を連携させ、複雑なタスクを自律的にこなすシステムを構築します。
  2. RAGシステムの構築:社内の文書管理システムやデータベースとAIを連携させ、常に最新かつ正確な情報に基づいた回答を生成する仕組みを作ります。
  3. MCPの活用:会計ソフトやCRM(顧客関係管理)ツールなど、外部サービスとAIを効率的に連携させるための共通プロトコルを導入し、AIが業務を横断的に実行できるようにします。

内面化(Internalization)|AIとの協働を通じた個人の能力向上

構築されたシステムを実際に業務で活用することで、個人の能力がアップデートされます。例えば、AIエージェントによってメールの文面や提案資料の生成を繰り返し行う中で、その背後にある「ロジック」や「思考プロセス」を学び、自身の思考をアップデートすることが重要です。その過程で「この顧客にはこの表現のほうがより効果的だ」といった新しい気づきや知見が生まれたら、それはエージェントやワークフロー自体の改善へとフィードバックされ、組織全体の知識レベルを継続的に引き上げることにつながります。

<具体的な方法>

  1. システムの活用と観察:AIが生成した提案書や分析レポートをただ使うだけでなく、その「ロジック」を深く観察します。「なぜこのデータが使われたのか?」「なぜこのような結論になったのか?」といった問いを立て、AIの思考プロセスから学びます。
  2. フィードバックループ:システムを活用する中で「もっとこうすれば効率が上がる」「この部分は人間が判断したほうがいい」といった気づきを記録し、それを表出化・結合化のフェーズにフィードバックします。
  3. 自律的な改善:ユーザー自身がAIエージェントの設定やワークフローを微調整できるようにすることで、知識創造のサイクルを現場の力で回し続けることを目指します。

まとめ

AI-SECIモデルは、AIを単なるツールとして使う時代から、組織全体の知識と生産性を飛躍的に高める「戦略的資産」として活用する時代への移行を示しています。

このモデルを実践することは、単に業務を効率化するだけではありません。それは、私たちの仕事に対する考え方そのものを変えることを意味します。これまで「個人の経験や勘」に頼っていた業務の真髄を、AIという鏡に映し出し、客観的に分析し、誰もがアクセスできる資産へと昇華させるのです。

あなたの組織は、個人の能力を消費するだけの場所でしょうか。AIという新たな仲間と共に、知識を創造し、進化し続ける「知識創造企業」へと生まれ変わる準備ができていますでしょうか。

AI-SECIモデルは、その変革のための地図といえます。まずはあなたの身の回りにある「属人的な業務」を見つけ出し、それをAIに「教える」ことから始めてみませんか。

(記事著者:おざけん)

PROFILE

KENSUKE OZAWA

一般社団法人AICX協会 代表理事/一般社団法人生成AI活用普及協会 常任協議員
「人間とAIが共存する社会をつくる」をビジョンに掲げ、AI分野で幅広く活動。著書『生成AI導入の教科書』の刊行や1000本以上のAI関連記事の執筆を通じて、AIの可能性と実践的活用法を発信。
一般社団法人AICX協会代表理事、一般社団法人生成AI活用普及協会常任協議員を務めるほか、GoogleのAI「Gemini」アドバイザーとして生成AIの活用普及に貢献。Cynthialy取締役CCO、Visionary Engine取締役、AI HYVE取締役など複数のAI企業の経営に参画。日本HP、NTTデータグループ、Lightblue、THA、Chipperなど複数社のアドバイザーも務める。
千葉県船橋市生成AIアドバイザーとして行政のDX推進に携わる。NewsPicksプロピッカー、Udemyベストセラー講師、SHIFT AI公式モデレーターとして活動。AI関連の講演やトークセッションのモデレーターとしても多数登壇。