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【解説】世界経済フォーラム発表『仕事の未来レポート 2025』から見る、生成AIが仕事にもたらすインパクト

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世界情勢の改善に取り組む国際機関である世界経済フォーラムは2025年1月7日、世界の労働市場の現状と5年後に予想される変化をまとめた『仕事の未来レポート 2025』を発表した。このレポートによれば、生成AIは仕事の未来に大きな影響を与える技術と見なされる。

そこで本稿は、同レポートをAIを軸にして再構成することを通して、生成AIが仕事に与える影響を明らかにしたうえで、2025年初頭における生成AIの動向とその対応も確認する。

マクロトレンド筆頭としての生成AI

『仕事の未来レポート 2025』は、22の産業界と55の経済圏にまたがる従業員500人以上の企業における雇用主を対象として、38の質問から構成されたアンケート調査結果をまとめたものである。調査に参加した企業は1000社以上であり、1400万人以上の労働者を代表する内容となっている。このような調査方法により、中小企業とギグワーカーを含むインフォーマルセクターは対象外となっている。

はじめに、生成AIが労働市場に影響を与える要因について尋ねたところ、デジタルアクセスの拡大(技術革新)、グリーン転換(気候変動問題への対処)、地域経済の分断化、経済の不確実性、人口動態の変化(とくに先進国における労働層の高齢化)が影響力の大きいマクロトレンドであることが判明した。とくに60%の回答者が、デジタルアクセスの拡大と答えた。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/1-drivers-of-labour-market-transformation/#1-drivers-of-labour-market-transformation

さらにどのような技術がビジネスに変革をもたらすかについて尋ねると、「AIと(ビッグデータやVRなどの)情報処理技術」との回答が86%、「ロボットと自律化技術」が58%、「エネルギーの生成、貯蔵と分配」が41%となった。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/1-drivers-of-labour-market-transformation/#1-drivers-of-labour-market-transformation

AI技術のなかでも投資と採用が急増しているのが、生成AIである。2022年11月にOpenAI社によってChatGPTが公開されて以降、さまざまな業界を横断した生成AI活用の取り組みが発展しており、本格的な導入が進めば、従来の労働のあり方を根本から変えてしまう可能性がある。

成長する職業/衰退する職業と生成AIの関係

続いて雇用主に、今後5年間で成長する職業について答えてもらった。その答えとして名前の挙がった職業には、ビッグデータ・スペシャリスト、フィンテック・エンジニア、AI・機械学習スペシャリスト、ソフトウェア・アプリケーション開発者があった。これらは生成AI活用と親和性のある職業である。

反対に今後5年間で衰退する職業には、管理アシスタントやエグゼクティブ秘書、印刷作業員、会計士や監査役、さらにはレジ係やチケット係などの一般事務職が挙がった。これらは、生成AIとロボットが進化することで自動化される可能性が高い職業である。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/2-jobs-outlook/#2-jobs-outlook

仕事と技術に関しては、その協働の在り方として「人間のみ」で行う仕事、「人間と(AIや機械のような)技術」で行うもの、そして「技術のみ」の3カテゴリーが考えられる。こうした仕事と技術の協働について、現在と5年後の在り方を雇用主に尋ねた。現在は人間のみで行われる仕事が47%、人間と技術が30%、技術のみが22%であった。5年後には3つのカテゴリーがほぼ同じ割合になると考えられ、相対的に技術のみで行う仕事の割合が増えることになる。この結果は、AIあるいはロボットのみで遂行される仕事が増えることを示唆している。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/2-jobs-outlook/#2-jobs-outlook

2030年までに自動化される仕事の割合は、産業ごとに異なると推測される。保険・年金管理部門と電気通信部門では、人間のみで行っている仕事の95%に対して技術による自動化が導入されると予想される。対して医療部門と公共部門では、人間のみで行っている仕事の50%に対して、技術との協働が導入される。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/2-jobs-outlook/#2-jobs-outlook

望まれるスキルとしての生成AIとその限界

レポートでは雇用主に対して、今後5年間で使用頻度が増えるスキルについても尋ねた。その結果、「AIとビッグデータ」という回答が88%、「ネットワークとサイバーセキュリティ」が72%、「技術的リテラシー」が71%であった。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/3-skills-outlook/#3-skills-outlook

各スキルに関して、現在において使用頻度が増えると答えた割合と、今後5年間で使用頻度が増えると答えた割合を集計してプロットしたのが、以下のグラフである。横軸は現在において使用頻度が増えると答えた割合、縦軸が今後5年間で使用頻度が増えると答えた割合であり、グラフ上部ほど将来性があるスキルとなり、グラフの右側ほど現在重要なスキルを意味する。「AIとビッグデータ」はグラフ右上にプロットされていることから、現在および今後5年間においても重要なスキルと位置づけている人が多いことがわかる。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/3-skills-outlook/#3-skills-outlook

世界経済フォーラムは、求人情報サービスを提供するIndeedと協力して生成AIが各スキルを代替する可能性についても調査した。調査対象を同フォーラムが提唱するグローバルスキル分類法にもとづいた2800以上のスキルと定め、GPT-4oが各スキルを代替する能力を「非常に低い能力」「低い能力」「中程度の能力」「高い能力」「非常に高い能力」の5つのカテゴリーに分類した。

以上の調査の結果、「非常に高い能力」に分類されたスキルはなく、69%のスキルが「非常に低い能力」または「低い能力」のどちらかであると判定された。GPT-4oは物理的な行為、微妙な判断、または実践的な応用を必要とするタスクの実行を苦手としているので、このような結果となった。

GPT-4oがその強みを発揮するのは、読み書き、数学、複雑な情報の要約、文章の下書き、計算、翻訳などである。「中程度の能力」があると分類されたスキルは28.5%(798スキル)であり、これらのスキルは人間とGPT-4oの協働によって増強されると考えられる。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/3-skills-outlook/#3-skills-outlook

以上より生成AIが多くの仕事を代替するような「AIによる大失業」が直ちに生じる可能性は全くなく、むしろプロンプトエンジニアリングのような人間が生成AIを活用するスキルが重要となる、と結論づけられる。一方で、2024年以降は「OpenAI o1」など多段階の推論が可能なモデルの登場だけでなく、メールの送信などの「実行」が可能なAIエージェントの登場などにより、急速に環境が変化している。移りゆく技術トレンドの中で、しっかりとしたAIリテラシーを装着し、備えておくことが重要と言える。

また、2025年以降はロボティクスと生成AIの統合が進んでいくことが予想される。ロボティクスが柔軟にさまざまな物理的なタスクを遂行できるようになれば、今回の代替可能性評価が大きく更新される可能性がある。

AI人材戦略の現状と展望

『仕事の未来レポート 2025』を補完する調査として、世界経済フォーラムが継続的に実施している『企業経営者意識調査』がある。後者の最新版は世界の大企業経営者11000人以上を調査対象としており、調査内容にはAI人材戦略に関する意識調査が含まれている。

以上の調査によると、50%の経営者がAI導入の障壁として「AI導入をサポートするスキルの不足」を挙げ、43%が「管理とリーダーシップに関するビジョンの不足」と答えた。こうした結果から、AI導入が進まないのは、AI導入を主導する人材が不足しているから、と考えられる。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/4-workforce-strategies/#4-workforce-strategies

『仕事の未来レポート 2025』に戻ると、雇用主が実施を計画しているAIの進化に対応する戦略について尋ねている。77%の雇用主が「既存労働力のリスキリング」と答え、69%が「AIツールの設計に長けた新規人材の雇用と組織に固有なスキルの適切な強化」、62%が「よりAIと協働するスキルのある新規人材の雇用」となった。特にリスキリングでは日本国内でもプロンプトエンジニアリングをはじめとした教育が浸透しつつある。今後はプロンプトエンジニアリングにかかわらず、生成AIに対する基礎的なリテラシーを身につける取り組みが重要となる。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/4-workforce-strategies/#4-workforce-strategies

地域別・産業別に見た生成AIの影響

『仕事の未来レポート 2025』は、雇用主から得た調査結果を地域別・産業別でも集計している。今後5年間において仕事に影響を及ぼす技術について、地域別に集計したのが以下のグラフである。どの地域においても「AIと情報処理技術」がもっとも影響が大きく、このように回答した日本を含む東アジアの雇用主は92%であった。

東アジアの集計結果に着目すると、影響力2位の技術は「ロボットと自律化技術」の61%であり、反対にもっとも影響力の小さいのは「衛星と宇宙技術」の19%であった。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/5-region-economy-and-industry-insights/#5-region-economy-and-industry-insights

技術の影響力を産業別に集計した場合でも、もっとも影響力のあるのが「AIと情報処理技術」である。ただし、その影響力は産業ごとに異なり、もっとも影響力を受けるのは電気通信業の100%であり、次いで情報技術サービス業の99%、保険と年金の管理業が98%である。

反対にAIと情報処理技術からの影響力が小さい産業は、エネルギー技術とその関連事業の64%、鉱業と金属業の66%、石油およびガス業の69%である。総じて天然資源が関係する産業は、AIとの親和性が低い。これらの産業は「エネルギーの生成、貯蔵と分配」の影響を大きく受ける。

<引用>https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/in-full/5-region-economy-and-industry-insights/#5-region-economy-and-industry-insights

レポートでは、調査結果をふまえたうえで各国の労働市場に関する総評も行っている。日本の総評は、以下の引用の通りである。

「日本の雇用者の69%は、2030年までに高齢化と生産年齢人口の減少が組織に影響を与える重要な傾向であると強調しており、世界平均の40%を上回っている。 回答者の55%によると、スキル・ギャップ(41%)や業界の人材不足(49%)と並んで、変化に対する文化的抵抗が依然としてビジネス変革の障壁となっている。 

情報セキュリティ・アナリストとデータ・アナリストおよびサイエンティストは、国内で最も成長する職種に入ると予測されている。 これを受けて、国内で事業を展開する企業は、多様な人材へのアクセスを優先し、再教育を支援することを計画している。 雇用主はまた、リスキリングやスキルアップの提供や資金援助における政府の関与拡大への期待も共有している。」(改行は記事執筆者が挿入)

まとめ|生成AI時代に取り残されないための心構え

世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート 2025」は、生成AIが労働市場を根本から変えつつあることを強調してます。企業はAIを最重要技術と捉え、AI関連職種の需要が高まる一方で、定型業務は自動化の対象となります。

しかし、このレポートによるとAIが人間の仕事を完全に奪うわけではありません。AIは苦手な領域も多く、むしろ人間とAIの協働がこれからの主流です。この協働を最大限に活かすには、AIリテラシーが不可欠です。

企業側もAI導入の課題として「スキルの不足」を挙げており、リスキリングやAIに強い人材の育成・確保が急務です。日本においても、高齢化と人材不足が課題となる中で、AIリテラシーの習得は個人と組織の未来を左右する鍵となります。

生成AIの進化は止まりません。この変化の波に乗り、自らの価値を高めるためにも、AIリテラシーの習得は今、最も重要な投資なのです。


(記事著者:吉本幸記