調達から接客まで|生成AI海外事例集 -流通・小売編-
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AI技術の進化が加速する中、生成AIが産業界に革命をもたらそうとしている。その影響は流通・小売にも及び、製品・部品の調達における効率化から接客の改善にいたるまで、業界全体を刷新しようとしている。
本連載「生成AI海外事例集」では、世界各国の生成AI活用事例を紹介しながら、各業界の未来を展望する。今回は、流通・小売における先進的な取り組みに焦点を当て、生成AIがもたらす流通の効率化やパーソナライズされた接客の可能性、そして今後の展望を探っていく。
市場動向|流通・小売とも年平均成長率が30%以上。今後はアジア太平洋地域が急成長
カナダとインドに拠点を置く調査会社Precedence Researchは2024年10月、2024年から2034年までの世界の流通における生成AI活用市場に関するレポートを発表した。そのレポートによると、2024年における同市場の規模は約6億4,000万USドルになる見込みであり、年平均成長率45.62%で成長して2034年には約274億4,200万USドルに達すると予想されている。
以上の市場を地域別に見ると、2023年時点でアメリカを含む北米地域が最も大きく、同市場をけん引していくと考えられる。しかしながら、今後は日本を含むアジア太平洋地域が著しく成長するとも見られている。
同市場に関して、調査会社MacKinsey&Companyは2024年3月8日、典型的ユースケースを考察したブログ記事を発表した。その記事では、以下のような3つのユースケースを挙げている。
- 調達:企業が製品や部品をサプライヤーから調達する場合に、事前審査や入札に生成AIを活用すると、これらの処理の時間短縮を実現できる。
- 在庫管理:在庫の仕分けなどに大規模言語モデル(LLM)を活用すれば、業務効率を向上させられる。
- ロジスティクス:製品などの流通において生じる書類の処理などに生成AIを活用すれば、こうした処理の時間短縮が期待できる。
以上の記事では、流通における生成AI活用には大きな可能性がある一方で、その導入はまだ初期段階にあることを指摘している。導入を推進するには、戦略の立案とユースケースの選択が重要になることも力説している。
世界の小売における生成AI活用市場についても、Precedence Researchが2024年7月にレポートを発表している。レポートによると、2023年における同市場の規模は約5億4,100万USドルであり、年平均成長率37%で成長して、2034年には約172億6,800万USドルに達すると予想される。
以上の市場を地域別に見ると、2023年においてもっともシェアが大きいのがアメリカを含む北米市場の43.14%であり、次いで欧州の26.41%、アジア太平洋地域の22.2%と続く。もっとも、今後大きく成長すると予想されるのは日本を含むアジア太平洋地域である。
同市場についても、MacKinsey&Companyが2024年8月5日にブログ記事を発表している。その記事によれば、同市場における生成AI活用は以下のような2つのユースケースに大別される。
- バリューチェーンの強化:マーケティング、店舗運営、店舗スタッフ支援をはじめとする販売体制を生成AIによって強化する。
- 顧客体験の改善:ショッピング用チャットボットなどで顧客体験を改善する。
以上のブログ記事では、チャットボットの正答率誤差が1%であっても、何百万件もの顧客対応のミスにつながりかねないことを警告している。その一方で、適切に生成AIを導入できれば、その効果は絶大とも述べている。
世界の流通・小売における生成AI活用事例
以下では、世界の流通・小売における生成AI活用事例を調達から接客まで順を追って紹介する。
Walmart|交渉用チャットボットによって平均1.5%の経費節約に成功
ビジネスメディア Harvard Business Reviewが2022年11月8日に公開した記事によると、アメリカに本社を置く小売大手Walmart(ウォルマート)は、10万社を超えるサプライヤーと交渉していたのだが、そのうち約20%とは具体的な交渉を行わずに画一的な契約を結んでいた。交渉を行えば有利な内容の契約を結べるのだが、こうした交渉に人間のバイヤーを充てると経費がかかってしまう。
以上の問題を解決するために、AIスタートアップPactumと業務提携してサプライヤーとの交渉に特化したチャットボットを開発した。同チャットボットの評価テストを実施したところ、予想していた交渉成功率20%を大きく上回る64%を実現し、こうした交渉によって経費の1.5%の節約と、各交渉における支払い期限を平均して35日延長することに成功した。
項目 | 内容 |
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活用カテゴリ | 流通における調達 |
企業名 / サービス名 | Walmart |
特徴 | 交渉用チャットボットによりサプライヤーとの交渉を効率化 |
使用例 | サプライヤーとの交渉 |
利点 | サプライヤーとの交渉を自動化 |
導入効果 | 1.5%の経費節約と、各交渉における支払い期限を平均35日延長 |
ドミノ・ピザ|属人的な食材管理からAI駆動型管理に移行
2023年11月1日にMicrosoftが公開したブログ記事によると、宅配ピザチェーンのドミノ・ピザのイギリス&アイルランド法人では、ピザ食材に関する需要予測は、熟練した担当者がGoogle スプレッドシートを用いて実施していた。こうした判断を自動化することを目指した同社は、Microsoft Dynamics 365 Supply Chain Managementを導入してAI駆動型需要予測に移行した。
以上のような施策の結果、食材の需要予測制度が72%向上したうえに、人間の担当者が気づいていなかったトレンドも発見できるようになった。
Microsoft Dynamics 365 Supply Chain ManagementはMicirosoft Copilotを搭載しているため、テキストプロンプト入力によるタスクの自動化が可能であり、業務上のFAQもチャット形式でAIに問い合わせられる。
項目 | 内容 |
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活用カテゴリ | 流通における在庫管理 |
企業名 / サービス名 | ドミノ・ピザ / Microsoft Dynamics 365 Supply Chain Management |
特徴 | AIによる食材需要予測にそれにもとづいた在庫管理 |
使用例 | 食材調達とその管理 |
利点 | 過不足のない食材調達とその管理 |
導入効果 | 人間担当者が気づかなかったトレンドも発見 |
Pantaleon|AIによって製糖の流通全体を改革
企業向けAIシステムを開発・提供するC3 AIは2023年9月18日、中南米のグアテマラに拠点を置く製糖企業Pantaleon(パンタレオン)との業務提携から生じた成果を発表した。PantaleonはC3 Generative AIをはじめとするC3 AI開発のシステムを導入することで、最大で500万ドルの利益が得られると予測している。
C3 Generative AIは、サプライチェーンにおける需要予測・在庫管理・販売注文を一元的に管理することを可能とする。また、チャットボットを統合することで業務上の質問を対話形式で解決でき、サプライチェーンオペレーターの業務を効率化する。
項目 | 内容 |
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活用カテゴリ | 流通全体 |
企業名 / サービス名 | Pantaleon / C3 Generative AI(C3 AI開発) |
特徴 | 需要予測・在庫管理・販売注文を一元的に管理 |
使用例 | 製糖のサプライチェーン全体を改善 |
利点 | 業務上の質問をチャットボットで解決 |
導入効果 | 最大で500万ドルの利益を見込む |
Lindex|「Lindex Copilot」によって店舗スタッフをサポートして接客を向上
スウェーデンのファッションチェーンLindex(リンデックス)は2023年6月1日、Microsoftとソフトウェア開発企業Xenitと共同で店舗スタッフ支援AIツール「Lindex Copilot」を開発したことを発表した。同ツールは、Microsoft Azureを活用したLindex独自のインフラとChatGPTを統合したことで誕生した。
Lindex CopilotはLindexが蓄積してきたデータとノウハウを学習することで、同社スタッフが実施すべきルーチンやプロセスを習得している。このツールを活用することで、店舗スタッフは同社の文化に根ざしながら顧客ごとにパーソナライズされた接客が実行できるようになった。
項目 | 内容 |
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活用カテゴリ | 小売における店舗スタッフ支援 |
企業名 / サービス名 | Lindex / Lindex Copilot |
特徴 | Microsoft Azureを活用したLindex独自のインフラとChatGPTを統合したAIツール |
使用例 | 店舗での接客においてノウハウやデータを活用 |
利点 | 店舗スタッフがLindexによって蓄積されたデータとノウハウを活用できる |
導入効果 | 企業文化に根ざしたパーソナライズされた接客の実現 |
Carrefour|レシピから購入食材をおすすめするチャットボット「Hopla」
フランスに本社を置く小売大手Carrefour(カルフール)は2023年6月8日、同社のオンラインショッピングサイトにショッピング用チャットボット「Hopla」を導入したことを発表した。同チャットボットは、GPT-4をベースにして開発された。
ユーザがHoplaに対して食事の予算やレシピを入力すると、入力条件を満たすような食材をおすすめしてくれる。また、食材を再利用するアイデアも提案することで、廃棄物の削減を手助けしてくれる。
Carrefourは、オンラインショッピングサイトの商品説明文の作成や、社内の購入プロセスに伴う文書作成・分析業務にも生成AIを活用している。
項目 | 内容 |
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活用カテゴリ | 小売における接客 |
企業名 / サービス名 | Carrefour / Hopla |
特徴 | GPT-4をベースにして開発されたオンラインショッピング支援チャットボット |
使用例 | オンラインショッピングにおける顧客支援 |
利点 | 顧客が入力したレシピにもとづいて食材をレコメンド |
導入効果 | 顧客の廃棄物削減も手助けする |
マイケル・コース|店員と話しているかのような検索を可能とする「ShoppingMuse」
ファッションブランドのマイケル・コース(Michael Kors)とクレジットカード企業大手のMastercardは2024年6月10日、同ブランドのアメリカにおけるウェブサイトにショッピング用チャットボット「ShoppingMuse」を導入したことを発表した。
ShoppingMuseは、例えば「〇〇(〇〇には好きなセレブリティが入る)が着ているような衣装を表示して」のような柔軟な質問に対応する。こうした機能により、店舗でスタッフと話しているような体験がウェブサイトでも可能となる。同チャットボットの初期テストでは、従来の商品検索より15~20%高いコンバージョン率を実現した。
ShoppingMuseを開発したのは、Mastercardが2022年に買収したDynamic Yieldである。後者の企業は、意思決定AIなども開発・提供している。
項目 | 内容 |
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活用カテゴリ | 小売における接客 |
企業名 / サービス名 | マイケル・コース / ShoppingMuse |
特徴 | 話し言葉に対応した商品検索 |
使用例 | オンラインショッピングにおける顧客支援 |
利点 | 店舗スタッフと話しているような検索体験が可能となる |
導入効果 | 従来の商品検索よりも15~20%高いコンバージョン率を実現 |
まとめ|流通・小売における生成AI活用の動向と展望
流通・小売における生成AI活用の主な特徴をより具体的かつ専門的にまとめ直すと以下のようになる。
- サプライヤーの選定と評価の効率化
- 生成AIは、サプライヤーの過去のパフォーマンスや市場データにもとづいて、適切なサプライヤーを選定・評価するプロセスを効率化できる。
- 効率的な在庫管理と需給予測
- 生成AIは、過去の販売データや(季節変動や社会的トレンドなど)外部の影響因子を学習し、在庫の適正量や需要の変動を予測できる。
- 店舗オペレーションの自動化と効率化
- 生成AIは、問い合わせ対応やレジ業務の自動化、スタッフシフトの最適化など、店舗内業務の一部を自動化できる。
- 顧客体験のパーソナライズ
- 生成AIは、顧客の購買履歴や行動データを分析し、個別のニーズに応じたレコメンデーションやサービス提案を行う能力を持つ。
- 新たな消費者インサイトの発見
- 生成AIは膨大なデータを多角的に分析し、従来のアプローチでは見逃されがちな顧客の潜在ニーズや行動パターンを発見できる。
2025年以降の展望としては、以下の点が重要になると考えられる。
- パーソナライズドマーケティングの高度化
- 生成AIの自然言語処理能力とデータ分析力により、消費者の行動履歴や購買傾向を精度高く分析し、個々の消費者に最適化されたレコメンデーションやプロモーションが提供できるようになる。
- リアルタイム在庫管理による効率化
- 生成AIを活用した需要予測モデルにより、リアルタイムで需要の変動を予測し、無駄な在庫や欠品を抑制できるようになる。
- パーソナルショッピングアシスタントの導入
- ショッピングシステムに高度なパーソナルショッピングアシスタントを導入することで、消費者は熟練した店舗店員による接客と同等以上の体験をオンラインでも体験できるようになる。
- 流通におけるSDGsの実現
- 生成AIを用いて消費者の購買行動や市場のトレンドを予測し、適切な量の生産・流通を実現することで、フードロス等の削減が可能となる。
以上のように流通・小売業界における生成AI活用は、流通の効率化と顧客体験の質向上をもたらす。流通の効率化については、今後は経済動向や気候、天災などのさまざまな事象の影響を組み込んで、さらに高精度かつ大規模になるだろう。顧客体験については、例えばショッピングアシスタントが生成グラフィック技術と融合することで、より親しみがもてるものになるかもしれない。いずれにしても、流通・小売業界における競争の行方は、生成AI活用によって大きく左右されることだろう。
(記事著者:吉本幸記)