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【徹底解説】「AI事業者ガイドライン」活用の手順と要諦

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総務省と経済産業省は2024年4月19日、産業界におけるAI利活用推進のために作成した「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を発表した(2024年11月22日には、11月時点での最新資料への参照を脚注に追加した第1.01版も発表された)。生成AIを含むAI活用によって実現すべき社会像から具体的アプローチまで解説した同ガイドラインは、その広範な内容を複数の文書に分割してまとめている。

そこで本稿は主に「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」本編(概要)「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」別添(概要)を参照しながら、同ガイドラインの構成と相互参照的読解方法を明らかにすることで、企業が同ガイドラインを活用する際の具体的手順を示したい。同ガイドラインは全て記載どおりに実施することを求めるわけではなく、事業者自らが重点的に対策すべきことと不要なことを見極め、効果的な施策及びAIガバナンス構築を実現することが期待されている。本稿を通じて、各事業者に合った同ガイドラインの活かし方が見つかることを目指す。

AI事業者ガイドラインの概要と構成

AI事業者ガイドラインは、生成AIが進化と普及の一途をたどるなか、この技術を活用することでイノベーション創出と社会問題の解決を実現するための手引き書となるべく作成された。同ガイドラインの作成にあたっては、我が国の未来像として提唱されたSociety 5.0やAIをめぐる国際協調の枠組みである広島AIプロセスなどの影響を受けている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

同ガイドラインが定めるAI事業者は、AIシステムを開発する「AI開発者」、AIシステムを組み込んだサービスを提供する「AI提供者」、そして事業活動においてAIシステム・サービスを利用する「AI利用者」に大別される。AIを業務外で利用する一般ユーザーや、AI開発やAI提供に関連してデータを提供するデータ提供者は、同ガイドラインの対象には含まれない。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

同ガイドラインの内容は、AIの活用によって目指す社会について記述した「基本理念 = why」、その基本理念を実現するための取り組みを記述した「指針 = what」、そして指針を具体的に実行するためのアプローチとなる「実践 = how」という3本の柱から構成されている。さらに実践を確実に推進するためのツール(tool)として指針を確認するための「チェックリスト」と、アプローチの実践を手助けする「具体的なアプローチ検討のためのワークシート」も用意されている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

基本理念と指針は同ガイドラインの「本編」に、実践は「別添(付属資料)」にそれぞれまとめられている。また本編は前述のAI事業者の3主体に共通した内容と、各主体別に特化した内容に分けられる。さらに本編の内容は、別添によって具体的に解説されている。こうした本編と別添の関係は、AI事業者ガイドラインに関する「教科書」とそれを補足説明する「副読本」になっていると言える。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

本編と別添の関係について、AIの定義を記述する「第1部 AIとは」において見ると、本編でAIの定義を整理したうえで、別添ではAIシステム・サービスの具体例やAI事業形態の3つのパターンを挙げている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

以上のような本編と別添の関係により、AI事業者ガイドラインを理解するためには、まず本編をある程度読み進めた後に、読んだ内容に対応する別添の解説箇所を読んで本編を補完する、という言わば本編と別添を反復的に行き来する「ジグザグな読解」が推奨される。

AI事業者に共通した基本原則とAIガバナンス体制の構築

AI事業者ガイドライン「第2部 AIにより目指すべき社会及び各主体が取り組む事項」では、AI活用によって実現すべき社会像とAI事業者3主体が共通して取り組むべき事項がまとめられている。こうした社会像として、「人間の尊厳が尊重される社会(Dignity)」「多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity & Inclusion)」「持続可能な社会(Sustainability)」といった3つの価値を基本理念として尊重されるべき、と定めている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

基本理念を尊重した社会の構築のために、AI事業者3主体が取り組むべき内容を定めたのが「各主体に共通の指針」である。この指針は、日本政府がAI利活用に関して掲げてきた「人間中心のAI社会原則」や前述の広島AIプロセス等から共通要素を抽出・整理して得られた10の項目から構成される。この10項目は、さらに各主体が取り組むべき事項として「人間中心」や「安全性」といった7項目と、社会と連携した取り組みが期待される事項として「教育・リテラシー」「公正競争確保」「イノベーション」の3項目に分けられる。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

最先端基盤モデルや同モデルを活用したAIサービスのような高度なAIシステムに関係する事業者については、前述の共通の指針に加えて以下のスライドにまとめたような12項目の遵守が求められる。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

共通の指針を実行する方法として、同ガイドラインは適切なAIガバナンスの構築を提唱している。AI事業者各主体の経営層は、それぞれの立場に応じてAIシステムに関するゴール設定とリスク評価を反復的に行いながら、外部環境の変化に対応すると同時にステークホルダーに対する透明性とアカウンタビリティを果たす。こうしたガバナンスは、「AI事業者版PDCAサイクル」とも言える。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

別添 2.「第2部 E.AIガバナンスの構築」 関連では、AIガバナンス構築のための具体的アクションとして以下のような行動目標一覧が掲載されている。さらに各行動目標に関して、「実践のポイント」と「実践例」を挙げて解説している。例えば最初の行動目標である「便益/リスクの理解」では、便益とリスクについて具体的に検討することが推奨されている。こうした検討には、別添1.「第1部関連」の「B.AIによる便益/リスク」の参照が有益である。この箇所にはマーケティングなどの企業活動ごとに想定されるAIによる便益をまとめた図「図 7. 企業活動における AI による便益の例」が掲載されており、バイアスやフィルターバブルをはじめとするAIのリスクも解説されている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004-2.pdf

また、別添ではAIガバナンス構築に関して、ABEJA、NECグループなどの5社の取り組みを具体的に紹介している。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_3.pdf

AI利用者を事例としたAI事業主体ごとの留意事項の活用

本編第3部~第5部では、AI開発者、AI提供者、AI利用者に関して留意すべき事項がまとめられている。本稿ではAI利用者に焦点をしぼって、本編の記述と別添の解説を相互参照することで、AI事業者ガイドラインの読解の具体例を示す。

本編を要約した「本編(概要)」によれば、AI利用者が留意すべき事項には以下のスライド画像にまとめたような7項目がある。この項目のうち、「U-2)i.安全を考慮した適正利用」については、本編でさらに以下のような3つの小項目に分けてその内容を明確化している。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_2.pdf

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_1.pdf

別添を要約した「別添(概要)」には、本編第3部~第5部に対応する別添3~5の各主体向けの解説に関して、その構成を明示している。本編で記述された各主体が留意すべき事項について、別添の該当部分ではその項目を理解するための「ポイント」、そのポイントを実行するための「具体的な手法」、これらの解説の作成にあたって参照した「参考資料」が記載されている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

以上のような別添の構成に関して「安全を考慮した適正利用」の具体例として引用したのが、以下の画像である。本編の当該項目と小項目を掲載したうえで、ポイントのひとつとして「AI利用者は、AI提供者からの情報提供(AI開発者の情報を含む)及び説明を踏まえ、AIを活用する際の社会的文脈にも配慮して、AIを利用すべきである」と解説している。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_3.pdf

さらに以上のポイントで重要となる「AI提供者からの情報提供(AI開発者の情報を含む)及び説明」を取得する方法の例として、「活用の過程を通じて、AIの機能を向上させ、リスクを抑制するために実施するAIシステムのアップデート、AIの点検・修理等」と説明している。簡潔に言えば、AI利用者はAIシステム・サービスに関する最新情報を常に把握するべきなのだ。

なお、以上の解説に関する参考文献として、総務省と経済産業省が共同作成した 「DX時代における企業のプライバシーガバナンスガイドブック ver1.3」を挙げている。

以上ではAI利用者の「安全を考慮した適正利用」を具体例として、本編と別添の相互参照的読解の実践を明示したのだが、AI利用者のほかの留意事項、さらにはほかの2主体者のそれらについても同様の読解が有効である。

チェックリストとワークシートの活用法と活用事例

前述のようにAI事業者ガイドラインには、本編記載の指針を確認するための「チェックリスト」と、アプローチの実践を手助けする「具体的なアプローチ検討のためのワークシート」も用意されている。チェックリストにはAI事業者3主体に共通した項目をチェックリスト化した「チェックリスト [全主体向け] 」と、高度なAIシステムに関係する事業者が遵守すべき項目をチェックリスト化した「チェックリスト [高度なAIシステムに関係する事業者向け]」の2種類がある。これらのリストの実施は、指針を実行する第一歩となるだろう。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

具体的なアプローチ検討のためのワークシートは、各指針を実行するために必要な決定事項を整理するために活用する。具体的にはワークシート作成者等を決定したうえで、各指針に関して検討事項や具体的なアプローチ、見直し日などを記入していく。記入項目に関しては、各事業者の状況に応じてカスタマイズするのが望ましい。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

以下の画像は、当該ワークシートに掲載されている「エントリーシートの文章で、応募者に対し合否を判断する採用AI(XGBoost)」という想定事例に基づいた、AI利用者のワークシート記入例である。適正利用に関する「具体的なアプローチ」として、「人材採用部門と検討したうえで、採用AIの利用目的・範囲を理解し、不適切な目的外利用を行わない」などが記入されている。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_5.pdf

別添8「主体横断的な仮想事例」では、以上の採用AIの利活用をめぐって3主体が重要事項を検討した場合のワークシート記入例をまとめている。この別添を参照することで、指針をめぐる3主体の実行内容の共通点や相違点、そして連携すべき内容を確認できる。

出典:経済産業省ウェブサイト(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_shakai_jisso/pdf/20240419_4.pdf

まとめ|AI事業者ガイドラインの活用手順

本稿ではAI事業者ガイドラインの構成を解説したうえで、チェックリストやワークシートを用いた実践方法に言及した。こうした本稿の内容を踏まえて、以下では企業におけるAI推進担当者等が同ガイドラインを活用する場合の手順を箇条書きで示す。

  1. AI事業者ガイドラインのチェックリストを活用して同ガイドラインの概要を理解したうえで、AI利活用に必要な検討事項を洗い出す。
  2. 同ガイドライン本編と別添を相互参照しながら、同ガイドラインが定める基本理念と指針、そして指針の実践方法を理解する。
  3. 本編と別添の内容を踏まえたうえで、具体的なアプローチ検討のためのワークシートの「共通の指針関連」と「「ガバナンスの構築」関連」、そして自社が属する主体(「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」のいずれか)の該当箇所を記入する。
  4. 再度チェックリストを活用して、検討事項に漏れがないかどうか確認する。
  5. 以上のワークシートに記入した内容を実行する。
  6. 実行内容に関して、立案したAIガバナンスに基づいて定期的に見直す。

本稿で解説したAI事業者ガイドラインは、以上で言及した基本理念を実現するための指針であると同時に、日本においてAIに関わるビジネスパーソン全員が心得るべき事項をまとめた「AIリテラシーの公式教科書」という側面をもつ。それゆえ、ビジネスパーソン個人ひいては企業全体が同ガイドラインを理解し実践することで、その内容を「AI利活用における一般常識」として定着させるのが望ましいだろう。

(記事著者:吉本幸記