4つのテーマで俯瞰する日本の生成AI戦略2024|AI戦略会議から各種ガイドラインまで網羅
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生成AIはさまざまな産業における各企業の経営改善に役立つだけではなく、国全体の経済成長にも大きな影響を及ぼす。それゆえ、世界の国々は国際競争力を強化するために、生成AIの利活用推進をはじめとする生成AI戦略を策定している。
本稿は、生成AIの台頭から2024年現在までにおける、日本の生成AI戦略を4つのテーマに分けたうえで俯瞰する。本稿を読むことで、各テーマを議論している組織と、その組織が発表した成果物に関する見取り図が得られるだろう。
日本の生成AI戦略の俯瞰図
以下の画像は、日本の生成AI戦略に関して議論されている主なテーマと、そのテーマを議論している組織の関係を可視化したものである。
日本の生成AI戦略において重要な位置を占めているのは、内閣府直轄のAI戦略会議である。この組織は生成AIに関する著名な有識者を構成員としており、日本の生成AI戦略に関する重要トピックについて検討し政府に助言する、言わば「日本の生成AI戦略の司令塔」の役割を担っている。
2024年11月時点で議論されている主なテーマは、以下のように4項目挙げられる。
- 利活用推進:生成AIの利活用を推進するにあたってのガイドラインや事例集を整備する。主として経済産業省が成果物を発表している。
- 法制度整備:著作権をはじめとする生成AIの利活用に関連した法制度を整備する。文化庁が多数の成果物を発表しており、AI時代の知的財産検討会も生成AIをめぐる意匠権や商標権について議論している。2024年8月以降、AI制度研究会が設立され、わが国の生成AI法制度の在り方について討議を重ねている。
- 安全性対策:生成AIを安全かつ安心に利活用するためのガイドラインやルールを整備する。AI戦略会議からその設立が表明されたAISI(AIセーフティ・インスティテュート)が成果物を発表している。
- 国際協調:生成AIの利活用・法制度・安全性対策について、国際協調の枠組みを整備する。こうした枠組みは、広島AIプロセスとして具体化されている。
以上に言及した組織のほかに、直接的に生成AIをテーマとしていないものも生成AIが関連する内容を議論する組織として、日本のコンテンツ推進政策を担当する内閣府直轄の知的財産戦略本部、デジタル空間の健全な情報流通を整備する総務省管轄のデジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会がある。
AI戦略会議|省庁横断で、迅速にAI戦略を推進
2023年5月11日に第1回会議が開催されたAI戦略会議は、日本の第三次AIブームをけん引した松尾豊東京大学教授を座長として、後述するAI事業者ガイドライン(第1.0版)や広島AIプロセスについて検討・助言してきた。
同会議の最近の成果物には、2024年5月開催の第9回会議で発表された松尾座長作成の「生成AIの産業における可能性」がある。同資料はこれまでの日本の生成AI戦略を回顧したうえで、グローバルへの展開、産業ごとの既存活用事例、生成AIの新たな活用事例、AI人材育成の現状と展望がまとめられている。
第9回会議では、さくらインターネット株式会社の田中邦裕代表取締役社長が日本の生成AI活用事例をまとめた「進化する日本でのAIの利活用」も発表した。
利活用推進|経済産業省がガイドラインを整備
経済産業省は総務省と合同で2024年4月19日、生成AI時代においてAI事業者が正しくリスクを認識したうえでAI事業を展開する手引きとなる「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を発表した。同ガイドラインは「人間中心のAI社会原則」を土台として、AI利活用における関係主体を「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」に大別している。
同ガイドラインは本編で基本理念と指針を示したうえで、別添でその実践方法をまとめている。この本編と別添の対応関係を3つの主体に共通した内容と、主体別のそれに分けて記述している。
2024年7月には「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」を発表した。同ガイドブックはゲーム・アニメ・広告の各産業における生成AI活用事例を挙げたうえで、生成AIを用いたコンテンツ制作における法的留意事項と対応策をまとめている。
法制度整備|AI制度研究会が制度の在り方を検討
AI制度研究会
2024年7月19日に開催された第10回AI戦略会議において、AI制度の在り方について検討することを目的としたAI制度研究会の設置が発表された。同会はAI戦略会議の管轄下にあり、座長は同会議座長の松尾豊教授が兼任する。
2024年8月2日に開催された第1回AI制度研究会では、「AI政策の現状と制度課題について」が発表された。同資料によると、今後のAI制度の在り方として、AI事業の主体をAI開発者・AI提供者/利用者・プロバイダーに分けたうえで、それぞれの主体が被る影響とリスクの大きさに応じて適切な措置を講じることが想定されている。
文化庁
著作権の整備を担当する文化庁は、2023年より生成AIと著作権をめぐる問題の所在とその法的解釈について情報発信している。そうした情報は文化庁公式サイトの「AIと著作権について」にまとまっている。
文化庁管轄の文化審議会著作権分科会法制度小委員会は2024年3月15日、AIと著作権をめぐる法的見解をまとめた「AIと著作権に関する考え方について」を発表し、同年4月にはその概要が公開された。これらの文書によると、AIと著作権をめぐる問題は「AI開発・学習段階」「生成・利用段階」「AI生成物の著作物性」に分けられる。
「AI開発・学習段階」における既存著作物の学習データとしての活用については、著作権法第30条の4で規定されており、一定の条件を満たせば「原則として著作権者の許諾なく行うことが可能」とされている。
AI時代の知的財産検討会
内閣府知的財産戦略推進事務局は2023年10月4日、AIと知的財産権の関係を検討する「AI時代の知的財産権検討会」を設立した。AI業界からはPreferred Networksコンシューマプロダクト担当VPの福田昌昭氏が参加した同会は、著作権と隣接する意匠権や商標権などとAIの関係を議論した。
2024年5月には、「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」が発表された。同文書はAIと知的財産権の関係に関する見解に加えて、生成AIからのクリエイター等に対する対価還元策にも言及している。
安全性対策|AISIがガイドラインを公開
2024年2月14日に発足したAISIは2024年9月18日、「AIセーフティに関する評価観点ガイド(第 1.00版)」(2024年9月25日に第 1.01版に更新)とその概要を発表した。想定読者をAI開発者・AI提供者とした同ガイドは、先述のAI事業者ガイドラインに加え海外文献や関連ツール等を参考にして作成され、AIシステムの安全性を評価する際の基本的な考え方をまとめている。
同ガイドラインは、AIセーフティ評価者が参照しやすいように5W1Hの視点に立って、評価項目を整理している。またAIセーフティにおける重要要素として6項目を挙げたうえで、それらを評価する10の観点との対応関係を図解している。
2024年9月25日には、AIセーフティを攻撃者の立場から評価する手法をまとめた「AIセーフティに関するレッドチーミング手法ガイド(第 1.00 版)」とその概要が発表された。同ガイドも5W1Hの視点に立った章立てとなっており、レッドチーミング実施に向けた具体的工程にも言及している。
国際協調|広島AIプロセスが54の国と地域に拡大
広島AIプロセスとは、2023年5月に開催されたG7広島サミットにおいて議題となった生成AIをめぐる国際協調を推進するために誕生した、生成AIに関する国際的取り組みの名称である。2023年12月には、総務省が日本国内向けの公式サイトを立ち上げた。同サイトの「成果文書」には、この取り組みに関する成果物がまとめられている。
G7広島サミットにおける取り組みのひとつとして始まった広島AIプロセスは世界各国が賛同するにいたり、2024年9月6日にカンボジアが加わったことで、2024年9月時点で54の国と地域が参加している。
生成AIを間接的に議論している組織とその成果物
知的財産戦略本部
内閣府は日本の国際競争力の強化を目的として、2003年よりわが国の知的財産の活用と推進に取り組む知的財産戦略本部を設置している。2024年6月4日に発表した「知的財産推進計画2024」とその概要では、AIと知的財産権に言及している。
上記資料では「AI技術の進歩と知的財産権の適切な保護が両立するエコシステムの実現」が目標として掲げられ、今後の取り組みとして「各知財法と生成AIの関係についてのわかりやすい周知等」が挙げられている。
2024年10月7日に開催された第1回構想委員会では、「知的財産推進計画2024」の進捗状況と「知的財産推進計画2025」の検討が議題となった。後者の議題では、AI技術の利活用によって知財の創造・保護・活用のサイクルが更に加速する可能性に言及された。
デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会
総務省は2023年10月31日、デジタル空間における健全な情報流通の整備を目的として「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」の開催を発表した。2024年9月10日には、同検討会の討論内容をまとめた「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会とりまとめ」とその概要(別紙3と別紙4から構成)が発表された。
以上の資料では生成AIに対する直接的な言及はないが、「情報伝送PF事業者による偽・誤情報への対応」についてまとめている。この内容は生成AIサービスによって生成される偽・誤情報に関連しているため、生成AIサービス事業者は同資料を参照するのが望ましいだろう。
今後の戦略動向
日本の生成AI戦略の司令塔であるAI戦略会議がAI制度研究会を言わばスピンオフしたことにより、2024年末から2025年前半あたりにかけて、生成AIに関する法整備に関する議論が活発になるだろう。こうした議論によってAIと知的財産権をめぐる諸問題への対応策がさらに明確になるかもしれない。
また、AI安全性対策についても議論が深まると予想される。基盤モデルの性能向上がとどまることを知らないなか、これらのモデルから生じるリスクも大きくなっている。AI安全性対策に関しては、諸外国の動向が参考になるだろう。例えば、アメリカ商務省標準技術局管轄のAIセーフティ研究所は2024年8月29日、AnthropicおよびOpenAIと安全性研究、試験、評価に関する協定を締結したことを発表した。この発表は、官民合同によるAI安全性対策の先駆例と言える。
本稿で述べた生成AI戦略をめぐる4つのテーマは、互いに連携している。生成AIの法制度や安全性が整備されれば、利活用も活発になるだろう。そして、国際協調を推進することによって、これらのテーマに関する議論が深まっていくのだ。それゆえ、4つのテーマについて等しく注目すべきであろう。
(記事執筆:吉本幸記)