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26万件のアイデアを生んだ、ソフトバンク流「人的資本経営」の実装論

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いまあらゆる業界・企業で生成AIの導入・活用が加速する一方で、「せっかく導入したツールは使われない」「AIを使いこなせる人材が育たない」といった壁に直面している企業は少なくありません。

そんななか、全社員を巻き込んだ「AIエージェント1人100個作成」や、累計26万件(2025年10月時点)ものアイデアが集まるコンテストなど、圧倒的な熱量とスピードでAI活用を推進しているのがソフトバンク株式会社です。

同社の取り組みは、生成AI時代における人的資本経営の優れた実践事例を表彰するアワード「GenAI HR Awards 2025」でも、企業セクター・大手企業の部でグランプリを受賞しました。

「AI戦略推進に最も重要なのはテクノロジーではなく、それを扱う人の意識と能力だ」と語る、コーポレート統括 人事総務本部 生成AIプロジェクト推進室の秋葉涼子氏へのインタビューから、AI時代における「人的資本経営」の実装論を解き明かします。

AIと人が「共進化」する、未来志向の人事戦略

──はじめに、生成AIの進化が加速するなか、「人的資本経営」の重要性をどのように捉えているのかお聞かせください。

秋葉 前提として、これまでの「積み上げ型」の事業計画や人事システムだけでは、もはや太刀打ちできない時代に入ったという強い危機感があります。 

孫(正義)も発信している通り、数年以内にAGI(汎用人工知能)が登場し、10年以内にはAIの能力が今の1万倍になるかもしれない世界線に私たちはいます。

こうした変化の激しい環境下では「3年後に売上をこれくらい伸ばしたい。だからこれくらいの人員が必要で、こういうスキルを持った人を採用して……」という考え方も重要ですが、それだけでは通用しません。

だからこそ「予測できない未来」を前提に、「AIとともに社員自身が進化し続ける状態を作る」ことが重要だと考えています。

社員がAIを相棒として使いこなすことで、その人自身の能力や視座が上がる。人が賢くなれば、さらに高度なAIの使い方が生まれ、会社の事業も成長する。

私たちはこれを人とAIの「共進化(Co-evolution)」と呼んでいますが、この循環を作り出すことがAI時代の組織づくりに欠かせないと考えています。

──今でこそ全社的にAI活用が現場に浸透していると思いますが、発足当時はどのような課題意識や空気感がありましたか。

発足当初は、まさに手探りの状態でした。ChatGPTが登場して間もない頃、会社として生成AIに注力する方針は決まっていましたが、私たち人事としては「具体的に何ができるのか」「人事としてどこまでできるのか」という迷いや葛藤があったのです。

当時の社内は、AIリテラシーにも大きなバラつきがありました。「言葉は知っているけれど触ったことがない」という層から、「興味はあるけれど踏み出し方が分からない」という層、さらには「AIに仕事を奪われるのではないか」という不安を抱く層までさまざまです。

部門ごとの温度差も激しく、リスクを懸念する声もあり、全社で同じ方向を向くこと自体が難しい状況でした。

──そうした状況から、どのようにして現在のポジティブな空気を醸成されたのでしょうか。

制度やルールで縛るのではなく、ソフトバンクが従来持っている「手挙げ文化」に火をつけ、「空気感」を変えることに注力しました。

「使わなければならない(Must)」という義務感ではなく、「面白そう」「やってみたい」という自発的な感情(Want)を引き出すこと。AIを「使う」というより、「楽しむ」文化への転換です。

ソフトバンクには元々、社内異動制度や、研修の受講、「ソフトバンクアカデミア」や社内起業制度など、手を挙げてチャレンジする人を応援する文化が根付いています。この「手挙げの文化」をAI推進にも取り入れ、「やらされ感」を「挑戦」に変える仕組みづくりを意識してスタートしました。

社員の学びを促進する「進捗の可視化」と「泥臭い伴走」

──では具体的にどのようにAI推進に取り組まれたのでしょうか。

全社員がAIを使い倒すために、「AI利活用基盤の整備」「生成AIの学習プログラムの提供」「活用促進施策」という3つの柱を掲げ、環境を整えました。

1つ目の「基盤整備」について、私たちは「走りながら作る」というスタンスを大切にしました。

まずはセキュリティ的に問題のない安全な環境を確保した上で、実際に現場に使ってもらう。そして、そこから上がる声や実態を見ながら、走りながらルールを改善していくというアプローチを取りました。

セキュリティ部門も非常に協力的で、「禁止するためのルール」ではなく、現場が安全に走れるように「伴走し、守るためのルール」を作ってくれました。この「止めない」という合意形成が最初にできていたことは大きかったと思います。

──2つ目の「学習機会」については、AI教育プログラム「AI Campus」を整備し、全社員の13%がAI資格を保有するにまでに至ったそうですね。社員の「自発的な学び」 を促すために、どのような仕掛けや工夫をされたのでしょうか。

特に意識したのは「進捗の可視化」と「泥臭い伴走」です。

通常、資格取得のような個人的な努力を要するものは、掛け声だけではなかなか広がりません。そこでまず、取得率を数字として発信しました。

加えて、資格取得は孤独な戦いですので、挫折させないためのサポートも徹底しました。

人事が受講者の進捗を細かくモニタリングして、「今ここまで進んでいますね、もう少しですよ」と個別に声をかけるような、かなり泥臭い伴走を行いました。 

また、トップダウンだけでなく、各部門から自然発生的に生まれた「アンバサダー」のような推進役の方々が、Slackなどで「資格取ったよ!」「こう勉強するといいよ」と発信してくれたことも大きかったです。

「1人100個」のAIエージェント作成の舞台裏

──3つ目の柱である「活用推進」では、「全社員がAIエージェントを1人100個作成する」という施策があったそうですね。一見、ハードルの高い目標に思えますが、現場からはどんな反応があったのでしょうか。

正直に申し上げますと、現場からは「100個なんて意味があるのか」「業務に関係ないものを作ってどうするんだ」という戸惑いの声もありました。

しかし、私たちはこのフェーズを「量質転化のための祭り」だと定義しました。まずは圧倒的な「量」を作ることで、AIを作るという行為自体に慣れてもらう必要があったのです。

──そのハードルを越えるために、どのような工夫をされたのですか。

ハードルを極限まで下げることです。「業務効率化」だけを考えると100個は作れません。

ですので、「今日の夕飯の献立を考えるエージェント」でも、「趣味のアドバイスをくれるエージェント」でもいい。プライベートな用途でも構わないから、とにかく触って作ってみようと推奨しました。 

また、ランチタイムに「1時間で10個作ってみよう」というワークショップを開催したり、社内SNSで「こんな面白いものができた」とシェアし合う場を作ったりしました。

──「質」を問う前に、まずは心理的な壁を取り払ったのですね。

そうです。そうやってハードルを下げると、社内に必ず「ファーストペンギン」のような、新しいもの好きの人たちが現れます。「意外と簡単に作れるじゃん!」と気づいた彼らが、楽しんで作ったものをSlack等で発信し始める。

すると、それを見た周囲が「あ、そんなレベルでいいんだ」「自分にもできそう」と感化され、徐々に火が広がっていきます。あのときの「お祭り騒ぎ」があったからこそ、今の景色があると感じています。

なぜ「26万件」ものアイデアが集まるのか

──もう一つ、御社の象徴的な取り組みである「生成AIコンテスト」は、11回の開催で累計26万件ものアイデアが集まったと伺いました。多くの企業が「アイデア公募」をしても数件しか集まらずに悩む中、なぜそこまでの数が集まったのでしょうか。 

これも「ハードルを下げる工夫」と「インセンティブ設計」が鍵です。コンテストのエントリーは、最初から完璧な企画書を求めているわけではありません。

アイデアは、短い文章のレベルでも応募可能にしています。「すごいアイデアじゃなくてもいいから、まずは出してみよう」というメッセージを発信し続けました。 

併せて重要だと考えているのは、アイデアの「出口」を用意することです。

ソフトバンクには元々「ソフトバンクイノベンチャー」という社内起業制度があり、その仕組みをコンテストにも接続しました。優れたアイデアは単なる表彰で終わらせず、推進室やイノベンチャーのメンバーが伴走し、技術検証やビジネスモデルのブラッシュアップを行います。

実際に、コンテストから生まれたアイデアが「MiLoa」や「satto workspace」といったサービスとして事業化の検討が進んでいたり、CEO直轄プロジェクトとして動き出したりしています。 

「自分の出したアイデアが、本当に会社の事業になるかもしれない」。この信頼感と実績があるからこそ、社員は本気で挑戦し続けてくれるのだと思います。

「人」の可能性を信じて突き進め

── 一方で、人事として旗を振り続けることに苦労もあったのではないでしょうか。 

もちろん今でも苦労だらけです(笑)。ゴールが見えない中で、AIの進化スピードに合わせて制度やオペレーションを走りながら構築するのは、精神的にもタフな仕事でした。 

ただそれでも推進できているのは、やはり「人」の可能性を信じているからです。

私自身、ソフトバンクアカデミアなどで社内外の事業家やスタートアップの方々と接する中で、熱量を持った人が未来を切り拓く姿を目の当たりにしてきました。 

トップが「AIに全振りする」と決めた以上、私たち人事も腹を括ってその可能性を信じる。「信じて突き進むこと」こそが、正解がない中でのリーダーシップなのだと思います。

──最後に、これからAI活用や組織変革を目指すビジネスパーソンへメッセージをお願いします。

皆さん、真剣に悩まれていると感じるのですが、私からお伝えしたいのは、「悩む前に一歩踏み出してみませんか?」ということです。 

「上司が理解してくれない」「セキュリティが心配だ」と足踏みする前に、まずは担当者自身がAIを触り倒してみてください。

そして、誰よりも楽しんで、小さなプロトタイプでもいいから作って見せてみる。正確さよりも、まずは「一歩踏み出す勇気」です。

 AIは論理的な計算や予測をしてくれますが、不確実な未来を変えていくのは、最終的には「人の情熱」です。1人の小さな行動と熱量が、周囲を巻き込み、やがて組織を動かす大きな波になります。 

AIが勝手に進化する未来を待つのではなく、人がAIを通じて進化し、組織も社会も共進化していく。そんな未来を信じて、まずはご自身が最初の一歩を踏み出してみてください。その熱は、必ず伝播するはずですから。

PROFILE

RYOKO AKIBA

ソフトバンク株式会社 コーポレート統括 人事総務本部 生成AIプロジェクト推進室 プロジェクト推進2課 課長
ソフトバンク入社後、人事制度企画や新規事業の企画・事業化を担当。社内起業制度ソフトバンクイノベンチャーの運営支援を経て、現在は生成AI活用体制の構築のリード・ソフトバンクアカデミア事務局で後継者育成コミュニティの運営・人材開発部門を兼務で実施。また、副業としてビジネスキャリアメンターやキャリアコンサルタント、1on1での人々のエンパワー活動を行っている。