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パーソルグループから学ぶ、共創型の生成AI導入。推進のキーワードは「AIリテラシー」と「コミュニティラーニング」

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生成AIの導入について、前向きに推進・検討する企業が増えている昨今。しかし、AIツールの導入後、人材面の課題を抱える企業の存在も顕在化しており、どのように人材育成に取り組めばよいのか、利用率を上げるためにどうすればいいのかといった事例に注目が集まっています。そこで今回は、人材派遣サービスのテンプスタッフや転職サービスのdoda(デューダ)などを筆頭に人材サービスを提供するパーソルグループの事例を紹介。パーソルホールディングスでグループデジタル変革推進本部 本部長を務める朝比奈 ゆり子氏に、「共創型の生成AI導入」というテーマを軸に、パーソルグループ全体を横断した取り組みの全体像についてお話を伺いました。

※本記事は、2024年5月22日に開催されたNexTech Week 2024【春展】内「AI Table」でのトークセッションの内容を抜粋・編集したものです。

まずはできることからやってみる。本格的な生成AI導入までの道のり

――生成AIの台頭について、当時どのような印象を受けましたか?

AIには長年触れてきましたが、生成AIの台頭によって段違いのスピードで常識が変わると確信し、すぐに会社に導入しようと決心しました。しかし、ゲームチェンジが起きるという実感を抱きながらも、一足飛びに変革を進められるわけではありません。そこで、グループ共通での利用と事業ごとでの利用を整理し、生成AIの導入を進めています。

弊社の場合、グループ共通利用だけでも、国内に38社、国内グループ社員が3万人以上います。そのうち、社内業務に従事する社員が約1万9,000人です。この規模感でどのように変革を進めていくのか、という点はエンタープライズ企業ならではの苦労とやりがいがありますね。

――生成AIの導入は、どのようにスタートされたのでしょうか?

2023年2月、3月ごろに生成AIが急速に注目され始めたとき、当初は役員に話してもピンとこない反応で、なかなか思うように進められませんでした。しかし、このままではまずいと思い、まずは自部門でできることからやってみようと決心しました。そして、法務やITなど複数の部門を巻き込んで推進チームを編成し、社内GPTのプロトタイプをつくり始めました。いま思うと、完全に見切り発車でしたね。その後、5月には役員にプロトタイプを見せながら、「もっとつくれますよ」と提案しました。これにより、役員の理解と支持を得ることができ、パーソル社内版GPTである「PERSOL Chat Assistant(愛称:CHASSU)」の内製開発が本格的に動き始めました。

リターンを予測できないなかでも歩みを止めない。「ROIの壁」の乗り越え方

――「まずやってみる」という走り出しにおいて、障壁は感じなかったのでしょうか?

自部門にエンジニアが所属していたので、動くものをまずつくるという目的でのプロトタイプづくりはスムーズに進行し、大きな障壁は感じませんでした。ただし、本格的に開発を進めるにあたっては、Azure OpenAI Serviceの契約をはじめ、環境を整える労力はかかりましたね。

多くの企業で障壁になりやすい観点といえば、コスト試算です。弊社でも2023年6月の時点では、いつまでにどの程度の予算が必要になるかが全く見えていませんでした。そこで、予算消化の期間を区切らず、まずは金額だけを確保してプロジェクトをスタートさせました。その後、ユーザー数や利用状況を確認しながら、随時コストの調整を行うようにしています。

――なるほど、一括で予算を確保するというよりは、段階的にステップを踏んで決めていったわけですね。

特にエンタープライズ企業においては、投資にあたって「結局、ROI(投資利益率)はどうなるの?」とすぐに言われます。もちろん大切な視点であり、私たちもリターンを求めていますが、ROIが全く見えていないからといって歩みを止めるわけにはいきません。そこで、まずは自分が決裁できる範囲の金額を設定し、「まずはこの金額を使ってみます。リターンはその後で考えます」という進め方を選びました。

コンセプトは「共創」。社員の主体性を引き出す仕掛けとは

――生成AIの活用を社内で浸透させていくにあたって、どのような取り組みを進められていますか?

私たちが生成AIの導入を進めるにあたって大切にしているコンセプトが「共創」です。その一環として、プロンプトギャラリーを導入しています。このギャラリーは、社員が自作したプロンプトをアップロードし、社員間で共有し合う仕組みです。グループを横断して自由にアイデアが集まる場になっています。これもアジャイル型で開発を進めていて、プロンプトに対して「いいね!」をつけたり、ダウンロード数が表示されたりするなどアップデートを重ねています。これによって、社員がどれだけプロンプトを活用しているかが一目でわかり、ギャラリーが1つのコミュニティとして活性化しています。

また、このギャラリー自体をさらに盛り上げる仕掛けとして、プロンプトカップという社内イベントを開催し、優れたプロンプトを作成した社員を表彰するなど、楽しみながら生成AIを学べる環境を整え、社員が自発的に知識を深められるようにしています。特に若手社員が中心となって、「自分たちも生成AIマスターになるんだ」という掛け声のもとで推進しています。このような取り組みが、グループ全体の生成AIの利用活性化につながっています。

――トップダウンやボトムアップという考え方に縛られずに、とにかく楽しむことが共創につながっているように感じますね。

そうですね。ただ、社員一人ひとりが主体的に参加できる環境をつくるためには、トップダウンあるいはミドルアップダウンのアプローチで応援してくれるスポンサーの存在が必要です。弊社の場合は私がその役割を担い、社員が安心してチャレンジできる環境を整え、背後でサポートすることを意識しています。

利用用途の拡大や業務工数の削減。AIリテラシーを体系的に学んだことによる効果

――さまざまな取り組みを進められているなかで、2024年2月には生成AIパスポートを団体受験されています。なぜ資格試験の受験に至ったのでしょうか?

正直なところ、最初は迷いました。資格の特性上、取得できたからといって、必ずしも企業の売上に直結するとは限りません。しかし、社員から試験に合格して証明書を手にすることが励みになるという声が多くあり、生成AIを安全に活用するためのリテラシーが体系的に学べるという利点も加味して団体受験を申し込むことにしました。そこで、グループ全体で受験を呼びかけたところ、当初予想していた50名を大きく超え、最終的に約200名が受験しました。

――受験後、社員のモチベーションや業務には、どのような影響がありましたか?

試験の前後でアンケート調査を行ったところ、試験前よりも試験後のほうが生成AIの利用用途が広がり、業務時間の削減も進んでいるという結果が出ています。また、社内コミュニティでは、社員同士が予想問題を共有したり、勉強会を自主的に開催したりするなどの動きも見られました。さらに、試験を通じた成功体験をきっかけに、「もっと学ぼう」という良い学びのサイクルが生まれ、生成AIに限らず学びの時間が増えたという効果も出てきています。

生成AI活用は選択肢ではなく必須。推進のキーワードは「AIリテラシー」と「コミュニティラーニング」

――この先に描いている貴社の展望について、お聞かせいただけますか?

すでにいくつかのニュースリリースも出していますが、いかに事業へ生成AIを適用していくかが本丸だと思っています。加えて、今後も継続して研修やイベントを行いながら、さらに一段進んだ共創型の取り組みにトライしていこうと考えています。

――最後に、これから生成AIを導入しようとしている方々や、次の一歩を模索している方々に向けて、メッセージをお願いします。

生成AIの活用はもはや選択肢ではなく必須だと考えています。各社で推進を担われるリーダーの方々が先頭に立ち、自社での導入や活用を進めていただきたいです。また、生成AIを効果的に活用するためには基礎が大切であり、社員一人ひとりのAIリテラシーを高めることが不可欠です。そして、コミュニティラーニングを取り入れ、互いに学び合い皆で共創しながら前進することはとても有効だと感じていますので、ぜひトライしていただきたいなと思います。

<参考>
▼パーソルグループの生成AI活用まとめ
https://techdoor.persol-group.co.jp/contents/4821/

PROFILE

YURIKO ASAHINA

パーソルホールディングス株式会社 グループデジタル変革推進本部 本部長
外資系プロジェクトマネジメントソリューションベンダーにて、製品開発、マーケティング、経理などを幅広く担当。外資系ITセキュリティ会社2社でのコーポレートIT部門長を経て、2014年、パーソルキャリア(旧インテリジェンス)入社。アルバイトサービスのIT責任者に就任。2018年、パーソルホールディングスへ転籍し、新規事業創造・オープンイノベーション推進を担う新会社パーソルイノベーションの法人設立に従事。2020年、パーソルホールディングス グループデジタル変革推進本部 ビジネスITアーキテクト部 部長としてコーポレートIT部門の組織変革を推進。2021年より現職。