「情報」はAIに、「心」は人間に。150年続く「一斉授業」の限界を突破した、麻生塾の教育革命
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教育現場における「一斉授業の限界」や「教員の長時間労働」が社会課題となって久しい昨今。多くの教育機関がデジタル化や生成AI導入を模索する中で、「導入したツールが現場で定着しない」「教員のリテラシー格差が埋まらない」といった壁に直面しています。
そんななか、福岡県を中心に12の専門学校を運営する学校法人麻生塾(麻生専門学校グループ)は、教育現場のリアルな課題を解決する独自のAI活用基盤を構築。いまでは教員一人ひとりが自らノーコードで業務アプリを開発し、組織全体を巻き込んだ教育革新を推進しています。
同校の取り組みは、生成AI時代における人的資本経営の優れた実践事例を表彰するアワード「GenAI HR Awards 2025」でも、教育セクターの部でグランプリを受賞しました。
今回は麻生塾 業務推進部 AIXグループ マネージャーの藤澤昌聡氏へのインタビューから、
教育現場におけるAI活用のリアルと、教職員のポテンシャルを引き出し組織を変革する「人的資本経営」の挑戦に迫ります。
「個人の力量」に依存する教育現場の限界
──はじめに、教育の最前線に立つ藤澤様の視点から、現場が抱える課題について教えてください。
藤澤 まず誤解のないように申し上げると、私自身、日本の教育システムそのものは素晴らしいものだと考えています。一方で、「一人の教師にすべてが依存する」という明治時代に確立されたとされる一斉授業スタイルに、私も普段授業をしていくなかで限界を感じていました。
我々麻生塾の教員は、講義、質問対応、生活指導などのたくさんの役割を担っています。その負担は計り知れません。そして実際に教壇に立つと痛感するのが、学生間の「学力差」の大きさです。
専門学校の場合、学力差の大きい学生たちが同じ教室に座っていることも珍しくありません。興味の幅も理解度もバラバラな40〜50人の学生に対し、一人の先生が「一斉授業」を行う。これは構造的に非常に難易度が高いのです。

──能力も興味もバラバラな数十人を相手に、たった一人で全員に行き渡るよう指導しなければならないと?
はい。ひとりの教員が大勢の学生に対して行う授業ではどうしても「中間層」に合わせた最大公約数的な内容にならざるを得ません。
30人のクラスなら、真ん中の10人に合わせ、残りの20人は置き去りになってしまう。理解が追い付かない学生は意欲を失い、深く学びたいという意欲が高い学生は「進みが遅い」と退屈してしまう。
質問対応にしても、先生というリソースは「1」しかありませんから、一人に対応している間、他の学生の時間は止まってしまいます。この「一斉授業」というスタイルは、先生たちの怠慢でも変化への恐れでもなく、単に「伝える手段がそれしかなかったから」続いてきたものです。
しかし、生成AIの登場によって、テクノロジーとまるで人のように「自然な対話」ができるようになりました。これは教育の歴史における最大の転換点だと感じています。
「情報」はAIに任せ、人は「心」を動かすことに集中する
──麻生塾では、単なるツールの導入ではなく、「教職員(人)の変革」に重きを置かれています。その背景にはどのような考えがあるのでしょうか?
教育機関の価値とは結局、「どんな先生に出会い、どう成長できるか」という「人」そのものです。どんなに優秀な教材があっても、それだけでは選ばれません。
AIにおいても、どれだけ優秀なツールであっても、必ずしも人間の感情が動くとは限りません。AIに正論を言われても心は動きづらいと思いますが、信頼する先生に「君なら大丈夫」と背中を押されれば、学生は一歩を踏み出せます。例えば進路のような重大な決断において、やはり学生の選択を大きく左右するのは「人」の力が大きい。

一方、授業での知識伝達はAIや動画に任せればいい。その分、空いた時間で「友達と喧嘩した」「学校に来たくない」といった学生の心の揺れに全力で寄り添うべきです。私たちが目指したのは、みんなが本当に「教師らしく」あるためにテクノロジーを使うこと。
教育の本質である「人を動かすこと」にフォーカスするためにAIを推進したい。だからこそ、教職員の変革を重視しているのです。
──具体的に、どのように現場でのAI活用を進めていったのでしょうか?
当初は「ChatGPTはすごいから使おう!」と啓蒙しましたが、現場の反応は冷ややかでした。「使い方が分からない」「忙しい」という声に加え、「仕事を奪われる」「敵だ」というアレルギー反応がとにかく強かったですね。
気づいたのは、多忙な現場に「使い方は任せる」と丸投げしても定着しないということです。必要なのは、彼らの「リアルな困りごと」を解決する具体的な仕組みでした。
そこで私が実装したのは、「ボタンを1個押すだけで業務が終わる」体験です。例えば、授業スライドの作成。ベテラン教員のノウハウを裏側に組み込み、「教えたい内容」を入力してボタンを押すだけで、適切な授業スライドが生成されるアプリを開発しました。
「プロンプトを書いて」と言えばハードルになりますが、「ボタン1個で済むなら」と誰もが使ってくれます。まずは極限までハードルを下げ、圧倒的な「便利」を体験させる。それが、現場への浸透を成功させるための突破口になりました。
AI導入の壁は「遊び心」で壊せ。学力61%増を実現した「ワクワク」の仕掛け
──とはいえ、150年続くスタイルを変えるのは容易ではないと思います。現場の心理的な壁を、どう乗り越えたのですか?
言葉で説得するより、一度の体験に勝るものはありません。
懐疑的な先生がいたら、勝手にその科目のAIチャットボットを作ってしまって、「騙されたと思って」とQRコードを渡しちゃうんです。実際に触って「ここまで答えられるのか」と驚けば、警戒心なんて一発で吹き飛びますから。
大事なのは、入り口を「仕事」ではなく「遊び」にすること。私自身、子どもの落書きをAIで動かして遊ぶんですが、絵に命が宿る瞬間は理屈抜きに面白い。この「ワクワク」さえあれば、心理的な壁は勝手に崩れます。いきなり業務効率化を求めず、まずは面白がって触る文化を作る。それが結局、定着への近道なんです。
──そうした取り組みの結果、学生にはどのような変化がありましたか?
一番わかりやすいのが、学生から不人気だった「SQL(データベース言語)」の授業です。これを思い切って、教材ごと「RPG風」に作り変えてみたんです。「DELETE文でデータを消す」操作なら、「魔物を退治する魔法」として覚える……みたいな(笑)。
演習中も、AIキャラクターが何度でも優しくヒントをくれます。結果、学年の平均点が前年比で約1.6倍になりました。

教室の景色は一変しましたよ。今まで机に突っ伏していた学生が、目の色を変えて画面に向かっている。課題を早く終えた優秀な学生も、YouTubeで時間を潰すのではなく、AIに「追加ミッション(特訓)」をねだり始めたんです。
勉強嫌いな層には、理屈よりも先に「楽しさ(Fun)」が必要です。遊び感覚で入って、気づけばスキルが身につき、学問としての面白さ(Interesting)にも目覚める。AIを使えば、そんな「ワクワクする学び」を一人ひとりに手渡せると確信しました。
現場の「リアルな困りごと」こそが、AI定着の突破口
──改めて、AIツールを組織全体に定着させる上で、最も重要なことは何だとお考えですか?
現場の人間だけが知っている「リアルな困りごと」を解決すること。これに尽きます。
世の中に便利なAIツールはたくさんありますが、現場特有のニッチな悩みまではカバーしてくれません。例えば、成績表の「所見」を書く業務。学生一人ひとりの「良さ」をゼロから言語化するのは、ものすごく時間がかかる作業なんですよ。
そこで、特徴を選ぶだけでベースの文章が生成される機能を作りました。もちろん、AIが作るのはあくまで「たたき台」です。そこに先生が想いを乗せて仕上げればいい。
外部ベンダーなら「そんな機能いります?」とスルーしそうですが、現場にとっては切実な課題ですから。こういう「痒い所に手が届く」体験があるからこそ、現場は自然と使い始めます。逆に言えば、現場のリアルな課題に紐づいていないツールは、いくら高機能でも組織には定着しないんです。
──便利なツールを用意しても、長年のやり方を変えることに抵抗がある方もいらっしゃると思います。そうした教職員のマインドセットを、どのように変えていったのでしょうか?
AI導入はスマートに見えて、実は泥臭いことの連続ですよ(笑)。
苦手意識がある人には徹底的に伴走し、年配の先生が楽しそうに使う姿を「ロールモデル」として見せることで、じわじわと空気を変えていきました。
重要なのは、先生たちが元々秘めている「学生のためにこうしたい」という情熱です。これまではスキルや予算の壁で諦めていたことが、AIという武器を得て実現可能になると、人は勝手に走り出します。
実際、エンジニアではない日本語科の先生が、業務効率化のために自ら「日本語授業用パワポスライド生成機能」を開発してしまった例もあります。「あの人がプログラミングを?」と周囲も驚きましたが、若手職員も次々と「僕も作りたい」と手を挙げ始め、今では「全職員が開発者」のような状態になりつつあります。学生に感謝される喜びを知れば、もう誰もAIから離れられません。私たちがやるべきなのは、その元々ある熱に「着火」してあげることだけなんです。
「勉強嫌い」だった僕が伝えたいこと
──業務効率化と学力向上が実現した先、教員の役割はどのように変化していくとお考えでしょうか?
個人的な予測ではありますが、麻生塾内の教員の役割は「何でも屋」から「分業制」へと移行していくと考えています。現在は授業、進路指導、生活指導、事務作業と、あまりにも多くの役割を一人で担いすぎています。
しかし、「情報を分かりやすく伝えること」や「教材作成」は、AIやそれが得意なクリエイター教員に任せればいい。
その分、人間は「人を動かすこと」に特化するんです。進路に悩む学生への声かけ、退学しそうな学生の微細な変化に気づく観察力、モチベーション管理。
これらはAIには代替できない、人間だけの領域です。AIでも代替え可能な事務作業などから解放され、人間が本来やるべき「メンタリング」や「コーチング」に注力できれば、教員も学生も、もっと幸せになれるはずです。

──最後に、これからAI活用や組織変革を目指す方々へメッセージをお願いします。
AIを「仕事を奪う敵」や「猛獣」のように警戒せず、もっと気軽に、ペットとじゃれるような感覚で遊んでみてほしいですね。
「人間より機械の方がいいこと」は確実に存在します。例えば、学生にとって「先生に聞いたら怒られるかもしれない初歩的な質問」は、人間相手よりAIの方が気兼ねなく聞ける場合があります。
AIの方が優れている部分は任せ、人間は人間にしかできないことに集中すればいい。私の夢は、日本中に「楽しくてしょうがない教育」を広げることです。
実は私自身、高校時代に姉から「あんた勉強しなさすぎて人生詰むよ!」と本気で怒られたくらい、勉強が大嫌いでした(笑)。だからこそ、次の世代には「勉強って、教育って、めっちゃ面白いよ」と伝えたいんです。
もちろん、これは私一人や一つの学校だけで実現できることではありません。この記事を読んで「自分も教育を変えたい」「もっと面白くしたい」と感じた方がいれば、ぜひ一緒にやりたい。それが繋がるきっかけになれば、最高に嬉しいですね。
PROFILE
麻生塾 業務推進部 AIXグループ マネージャー
麻生塾を卒業後、福岡県内のIT企業に勤務。2012年に教員として麻生塾入職。動画授業とAIの教育利用の研究を行い、社内外にて新しい教育手法を広める活動を行っている。