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暗黙知を「組織の力」に変えるAI戦略:プロフェッショナルのスキルをAIに実装し、全社展開するアプローチ

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多くの組織には、経験豊富な従業員が長年培ってきた貴重なノウハウや判断力、いわゆる「暗黙知」が眠っています。これらは個人の頭の中にあり、言葉で表現したり他者に伝えたりすることが難しいため、組織全体の資産として十分に活かしきれていないのが現状です。しかし、生成AI、特にAIエージェントの進化は、この見過ごされてきた「暗黙知」を掘り起こし、組織全体の競争力へと昇華させる新たな可能性を切り拓いています。

本稿では、AIを活用して個人の暗黙知を組織知へと転換し、持続的な成長エンジンとするための戦略を、AI活用の4象限と関連付けながら具体的に解説していきます。

組織に埋もれた「宝」:プロフェッショナルの暗黙知の正体

AI活用の4象限図において、特に注目すべきは右下に位置する「プロフェッショナル」人材です。彼らは、深い業務経験とAIへの鋭い洞察を組み合わせ、独自の工夫や試行錯誤によってAIから驚くような成果を引き出します。その根底には、単なる知識やスキルを超えた、効果的な「思考回路」や状況に応じた「洗練された判断ロジック」といった暗黙知が存在します。これこそが、組織における真の競争優位の源泉でありながら、従来のOJTや徒弟制度ではその本質的な部分の伝承・共有が極めて困難でした。

例えば、熟練の営業担当者が顧客の些細な言動から真のニーズを汲み取り、最適な提案を行う際の思考プロセスや、製造現場のベテランが機械の微細な音の変化から不具合を予見する直感などは、まさに暗黙知の典型です。これらを組織としてどう捉え、活用するかが大きな課題でした。

AIが拓く暗黙知の「形式知化」:AIアーキテクトの戦略的役割

ここで鍵となるのが、4象限図の右上に位置する「AIアーキテクト」の役割です。AIエージェント時代のアーキテクトは、単にAIシステムを設計するだけでなく、自身が有する暗黙知をAIエージェントの「思考ロジック」や具体的な「ワークフロー」という「型」、すなわち形式知へと落とし込む戦略家としての役割を担います。

AIアーキテクトは、自分が築き上げてきた経験の言語化を通じて、その思考プロセスや判断基準を丹念に抽出し、AIが再現可能な形で構造化します。まさに「業務をエージェント化して型化するエンジン」として機能し、個人の暗黙知を組織全体で共有・再利用可能な資産へと転換するのです。

この重要な役割を担うAIアーキテクトを育成するためには、プロフェッショナル人材に対して、AIモデルの特性理解、効果的なワークフロー設計、データ倫理といった戦略的な「生成AI教育」を施し、自身の暗黙知を客観的に捉え、他者に伝達可能な形にする能力を養うことが不可欠です。

形式知化された「型」による組織能力の増幅:ユーザーへの展開と新たな学び

AIアーキテクトによって暗黙知から生み出された「型」(AIエージェントや高度なプロンプトテンプレート群)は、4象限図の左下に位置する「ユーザー」層へと展開されます。これにより、従来は一部のプロフェッショナルしか持ち得なかった高度な知見やノウハウが、組織の広範なメンバーに迅速かつ均質に共有され、業務全体の質的向上と効率化が期待できます。

例えば、前述の熟練営業担当者の暗黙知が組み込まれた「顧客ニーズ分析AIエージェント」を活用することで、経験の浅い営業担当者でも、ベテランに近いレベルで顧客の深層ニーズを把握し、的確な提案を行うことが可能になります。ユーザーは、この形式知化された「型」を日常業務で使う中で、その背後にあるプロフェッショナルの思考プロセスや判断基準を実践的に学び、自身のスキルを高めていくことができます。これは、新たな暗黙知がユーザーの中で醸成される「内面化」のプロセスとも言えるでしょう。

なお、図の左上に位置する「ビルダー」は、AIアーキテクトが設計したこの「型」を具体的なシステムとして実装・維持する役割を担うこともありますが、暗黙知活用の本質は、AIアーキテクトによる暗黙知の抽出、構造化、そして形式知としての設計にあると言えます。

暗黙知活用を支える基盤:生成AIリテラシーと組織文化

個人の暗黙知をAIによって効果的に形式知化し、組織全体で活用するためには、技術的な側面だけでなく、それを支える組織的な基盤が不可欠です。

まず、組織全体の「生成AIリテラシー」の向上です。AIアーキテクトはもちろん、プロフェッショナル、そして特に広範なユーザー層に至るまで、AIの能力と限界を正しく理解し、AIが出力する情報を鵜呑みにせず批判的に吟味する能力、そして倫理的配慮やセキュリティリスク(個人情報や機密情報の扱い、著作権などの権利侵害、ハルシネーションなど)を認識し、責任ある利用を実践する姿勢が求められます。このリテラシーがなければ、いかに優れた「型」が提供されても、その価値は半減し、時には誤用によるリスクさえ生じかねません。

さらに重要なのは、暗黙知の価値を認識し、その共有を奨励し、AIによる形式知化の取り組みを積極的に支援する組織文化の醸成です。従業員が自らの知見をオープンに共有することに心理的な安全性を感じ、失敗を恐れずにAIを活用した新たな試みに挑戦できる環境が、暗黙知から新たな価値を生み出すサイクルを加速させます。

まとめ|AIによる暗黙知の増幅が、学習する組織への進化を促す

AIエージェントが浸透するこれからの時代において、組織戦略の核心は、個々人に分散し埋もれていた「暗黙知」という無形の資産を、AIの力を借りて掘り起こし、誰もが活用できる「形式知」へと転換し、組織全体で共有・進化させていくことにあります。プロフェッショナルの貴重な洞察や思考プロセスをAIエージェントに「型」として組み込み、それを全社で活用することで、組織は個々の能力の総和を超えた、真の「組織力」を獲得することができます。

この取り組みは、単に業務効率を向上させるだけでなく、組織全体が継続的に学習し、変化に適応していく「学習する組織」への進化を促します。技術はあくまで手段であり、その活用を方向づけるのは人間の知恵と意図です。AIという強力な触媒を得て、組織に眠る暗黙知を最大限に引き出し、未来を切り拓く力へと変革していくことこそ、これからの組織に求められる戦略と言えるでしょう。


(記事著者:おざけん