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タイムラインで振り返る、教育現場の生成AI活用

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生成AIは、学校教育の現場を大きく変えようとしている。生成AIを活用すれば、生徒ごとの習熟度に応じたパーソナライズした授業などが可能となると考えられる。教材の作成等の教師の業務についても、生成AIによって効率化が期待できる。

しかしながら、現状では生成AI活用ノウハウの蓄積が少なく、生徒と教師双方に生成AIに関する教養、すなわち生成AIリテラシーが不足している、といった問題がある。

以上のような課題を解決するために、日本を含んだAI先進国は教育における生成AI活用ガイドラインの整備を進めている。そこで本稿では、我が国における学校教育をめぐる生成AIの動向をまとめたうえで、文部科学省と教育現場における取組を紹介する。そして、この問題に関するアメリカとイギリスの動向にも言及する。

日本の教育における生成AI活用のタイムライン

動向年月日動向概要
2023/4/32023年4月当時、東京大学理事・副学長(教育・情報担当)であった太田邦史教授が、生成AIに関する声明を発表する。生成AIの誕生によって、人類は技術的な「ルビコン川を渡ってしまったのかもしれない」と述べて、教育における生成AIの議論を呼びかける。
2023/5/16文部科学省管轄のデジタル学習基盤特別委員会第1回会合において、「生成AI(Chat GPT)の学校現場での利用に関する今後の対応」が配布され、2023年夏頃までに教育における生成AI活用のガイドラインを作成することが発表される。
2023/5/26東京大学が「東京大学の学生の皆さんへ:AIツールの授業における利用について」を発表
2023/5/29一般社団法人国立大学協会が「生成AIの利活用に関する国立大学協会会長コメント」を発表
2023/7/4文部科学省管轄の初等中等教育局が「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表
2023/7/13文部科学省管轄の高等教育専門教育課および大学教育・入試課が「大学・高専における生成 AI の教学面の取扱いについて(周知)」を発表
2024/2/20令和5年度リーディングDXスクール事業 生成AIパイロット校 成果報告会が開催される。
2024/6/22デジタル行財政改革会議第5回会合において、教育における生成AI活用のKPIを明記した「文部科学大臣資料」が配布される。
2024/7/25文部科学省管轄の初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議第1回会合が開催。同会議は、初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドラインの改訂を議題とする。
2024/12/26文部科学省が「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」を発表

日本の教育における生成AI活用が議論されるようになったのは、ChatGPTが我が国で本格的に利用されるようになった2023年以降である。以下では、2023年から2024年末までの日本における教育での生成AIをめぐる主要な動向をタイムライン(年表)形式でまとめる。

以上のタイムラインより、2023年前半に教育機関から生成AI利活用に関するガイドライン整備の機運が高まったことをうけて、文部科学省がガイドラインを作成したことがわかる。そして、後述するように2024年には、作成されたガイドラインをふまえて日本の小中学校および大学において生成AIの利活用が進んだ。

文部科学省の取組

前掲のタイムラインからわかるように日本の教育における生成AI活用に関するガイドラインは、文部科学省が作成している。

2023年7月4日に発表された「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」は、暫定的という位置づけであるものも、生成AIに関する基本的な考えを定めたうえで、これらのAIの推奨される活用法などを解説している。さらに生成AI活用のパイロット的な取組を一部の学校で行うとしていた。

<出典>文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20230718-mtx_syoto02-000031167_011.pdf

2023年7月13日発表の「大学・高専における生成 AI の教学面の取扱いについて(周知)」では、大学・高専での生成AIの活用は「具体的に行われている教育の実態に応じて対応を検討することが重要」とされ、各教育機関ごとの自主的な取組が推奨されている。そのうえで、以下のスライド画像のように活用が想定される場面例と留意すべき観点がまとめられている。

<出典>文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/000245316.pdf

文部科学省は、生成AIを含めたITの教育現場における活用を以前より推進している。2019年12月19日、「児童生徒ひとり1端末」の実現を目指すGIGAスクール実現本部が設置された。2023年4月にはGIGAスクール構想によって実現したデジタル環境の徹底活用を目指すリーディングDXスクール事業が始まった。前述の生成AI活用のパイロット的な取組に関しては、リーディングDXスクール事業の一環として「生成AIパイロット校」が指定された。

2024年4月22日に発表された文部科学大臣提出資料「子供たちと教師の力を最大限に引き出すためのデジタルを活用した教育の充実」では、教育における生成AI活用のKPIとして生成AIを校務で活用する学校を令和5年(2023年)の1.2%から令和7年(2025年)には50%にすることが明記された。

<出典>内閣官房ホームページ(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_gyozaikaikaku/kaigi5/kaigi5_siryou4.pdf

2024年7月25日に開催された初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議第1回会合では、初等中等教育段階における生成AI活用に関する文部科学省の取組をまとめた「初等中等教育段階における生成AIに関するこれまでの取組み」が配布された。同資料は、生成AIパイロット校における担当者に対して、2023年の取組に関するアンケート調査を実施した結果をまとめている。

以上のアンケート結果によれば、生成AIを活用することで生徒の学習意欲が低下することはなかったものも、生成AIの出力を鵜呑みにしてしまう問題が認められた。それゆえ、今後の課題として生成AIリテラリーの徹底が求められる。

<出典>文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20240725-mxt_jogai01-000037149_21.pdf

生成AIの校務・活用に関しては、教員が生成AIに関する理解を深めたものの、その使用に習熟するには至っていない。しかしながら、今後も校務に生成AIを活用する方向を示している。

<出典>文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20240725-mxt_jogai01-000037149_21.pdf

2024年12月26日、前述の検討会議における議論をふまえたうえで作成された「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関するガイドライン(Ver.2.0)」が発表された。同ガイドラインは教職員をはじめとする学校教育関係者を主たる読み手と定めたうえで、学校現場における生成AIの適切な利活用を実現するためのポイントをまとめている。

同ガイドラインの構成は、生成AIに関する基本的な知識をまとめた「1.生成AIについて」、生成AIを有用な道具としてとらえたうえでその活用法を教える基本的な指針を記述した「2.基本的な考え方」、校務や児童教育といったシーン別に活用方法をまとめた「3.学校現場において押さえておくべきポイント 」、各種チェックリストや参考文献をまとめた「参考資料編」となっている。

同ガイドラインは、生成AIの有用性を確認したうえで、ハルシネーションの発生などのリスクも指摘している。そのうえで、生成AIは人間の能力を補助・拡張するものであり、最終的な判断と責任は人間にあるとする「人間中心の原則」などを定めている。

生成AIの具体的な活用方法として、授業準備時のサポート、保護者への連絡のサポート等が挙げられている。児童生徒の学習活動時には、発達の段階に応じた指導を前提として、ハルシネーションの発生等を含む生成AIリテラシー教育や、アイデア出しに際する足りない視点を見つけるといった児童生徒の自主性と判断力を重視した活用方法を推奨している。

<出典>文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20241226-mxt_shuukyo02-000030823_002.pdf

教育現場での取組

前述のリーディングDXスクール公式サイトの「取組紹介」には、以下のような生成AIパイロット校の取組が紹介されている。

  • 札幌市立中央小学校では2023年10月25日、生徒が作った俳句の内容に合致するような押絵を、画像生成AIで作成する授業が実施された。授業後の振り返りでは、「今後も授業で生成AIを使ってさらに理解を深めていけるのではないかと思った」などと記述をした児童が41%いた。
<出典>文部科学省ホームページ(https://leadingdxschool.mext.go.jp/report/?pid=633&rid=1614#block-1614

  • 八丈町立富士中学校では2024年1月、八丈島における地域課題解決の企画を生成AIを活用して作成する授業が実施された。この授業では八丈町企画財政課担当者の講演を聴講後、「町の企画財政課に提案する」ことをゴールに、生成AIをアイデアの壁打ちなどに使った。授業後に実施した生徒へのアンケートでは「生成AIが出したアイデアを改善するのではなく、自分のアイデアを生成AIで改善していくと良いということがわかった」などの回答があった。
<出典>文部科学省ホームページ(https://leadingdxschool.mext.go.jp/report/?pid=1270&rid=2001#block-2001

  • 鳥取市立桜ヶ丘中学校では、2024年9月実施の職員会において、職員会議事録をChatGPTを活用して作成した。ChatGPTを使うと、手書きによる議事録作成と比べて負担が軽減できた。
<出典>文部科学省ホームページ(https://leadingdxschool.mext.go.jp/report/?pid=4118&rid=9922#block-9922

私立大学においても、以下に挙げる事例のように教育や校務における生成AI活用が進んでいる。

  • 立命館大学は2023年3月31日、ChatGPTと機械学習を組み合わせた英語学習ツール「Transable」を一部の英語授業において導入することを発表した。同ツールは、利用者が発信したい日本語文章を、生成AIが適切な英語文章で提案するほか、その文章が適切と判断する理由を解説する。
<出典>立命館大学ホームページ(https://www.ritsumei.ac.jp/news/detail/?id=3103

  • 東洋大学情報連携学部は2023年5月10日、同学部生全員が活用できるGPT-4を活用した教育システム「AI-MOP」(AI Management and Operation Platform:AI 管理運用プラットフォーム)の導入を発表した。同システムはOpenAIをはじめとするAI企業が提供するAPIと連携しており、プログラミング初心者でも複数の生成AIを簡単に扱えるしくみを実現した。
<出典>東洋大学情報連携学部ホームページ(https://www.iniad.org/iniad-concept/ai-mop/

  • 近畿大学は2024年1月17日、大学職員の校務をサポートする生成AI活用プラットフォーム「Graffer AI Studio」の試験導入に関するプレスリリースを発表した。同プラットフォームに学内のデータを取り込むことで文章生成や情報検索などが可能となることによって、事務スタッフの負担を軽減する。
<出典>プレスリリース(https://newscast.jp/news/0391711

海外における取組

海外の生成AI先進諸国においても、教育における生成AI活用が進んでいる。以下では、アメリカとイギリスの動向を紹介する。

アメリカでは2023年5月23日、教育現場における生成AIの活用方針を定めたガイドライン「人工知能と教育と学習の未来」が発表された。同ガイドラインでは生成AIを「電動自転車のように人間の能力を強化するものであるべき」と位置づけ、教師と生成AIの協働を推奨している。具体的には生徒ごとの習熟度に合わせた適応性(adaptivity)のある教育や、教育における意思決定では生成AIと人間が協働すべき、と説明している。

2024年10月には、「教育リーダーを強化する:安全で倫理的、そして公平なAI統合のためのツールキット」が発表された。同資料は校長をはじめとする教師を管理する立場の役職者を対象としており、主として教師の生成AIリテラシーの増進方法などを解説している。教師がAIを理解する資料として、AI教育に関する研究機関AI4K12が作成した「AIをめぐる5つのビッグアイデア」画像を引用している。

<出典>AI4K12ホームページ(https://ai4k12.org/resources/big-ideas-poster/

イギリスでは2023年3月、「教育における生成的人工知能」とその関連資料「評価におけるAI活用:資格試験の誠実性を守る」が発表された。後者の資料にはツールに頼らない生成AI利用の特定方法が解説されており、生徒の提出物においてスペルと句読点、語彙などに大きな変化が認められる場合、生成AI活用の可能性がある、と述べている。

2024年8月28日には、教育現場における実験的生成AI活用の成果をまとめた「教育における生成AI:ユーザー調査と技術レポート」が発表された。同レポートによると、授業でChatGPTをベースにした語学教育アプリを利用したところ、生徒たちはその有効性を認めた一方で、ハルシネーション(幻覚)の発生によってアプリへの信頼性が低下することもわかった。

教師による生成AI活用については、時間の節約や業務の標準化に生成AIが寄与できるものも、教師自身の生成AIリテラシーの向上が不可欠、という認識が得られた。

まとめ|生徒と教師の双方に生成AIリテラシー向上が求められる

本稿は、教育における生成AI活用について日本の動向をタイムライン形式でまとめたうえで、文部科学省と教育現場の取組を掘り下げて、さらにはアメリカとイギリスの動向にも言及した。

以上の内容をまとめると、生成AIは生徒と教師の双方にメリットをもたらす一方で、当事者双方の生成AIリテラシー向上も不可欠であることも明らかになった。それゆえ、教育における生成AI活用を推進するためには、生成AIリテラシー教育を並行して実施する必要がある。生成AIリテラシーに関するガイドラインや教材は、今後充実してくると予想される。そうしたガイドラインおよび教材は、その内容を生徒の学習段階に応じて細分化するべきであり、教師向けのものについては(「保護者向けメールの作成支援」のように)具体的なユースケースを意識したものであることが望ましいだろう。

日本の教育における生成AI活用ガイドラインは文部科学省が作成・発表するので、教育関係者は生成AIをめぐる同省の動向に注視すべきであろう。

(記事著者:吉本幸記