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公務用チャットボットから脱税摘発まで|生成AI海外事例集 ー 公共セクター編 ー

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デジタルガバメントなど、行政のDXが注目を集める中、生成AI活用が大きな主軸となりつつある。特に公共セクターでは、チャットボットを筆頭にした生成AI技術の活用が進んでいる。東京都も都や都内市区町村のDXを推進するべく、「一般財団法人GovTech東京」を立ち上げ、生成AIを活用したブロードリスニングに取り組むなど、国内でも公共セクターでの生成AI活用の検討が進んでいる。

本連載「生成AI海外事例集」では、世界各国の生成AI活用事例を紹介しながら、各業界の未来を展望する。今回は、公共セクターにおける先進的な取り組みに焦点を当て、行政の業務効率化や公共サービスの品質向上、そして今後の展望を探っていく。

2033年には121億USドル市場規模に成長。日本における経済効果は260億ドル

アメリカ・ニューヨークに拠点を置く調査会社Market.USが2024年12月に発表したレポートによると、2023年の世界の公共セクターにおける生成AI活用市場規模は17億USドルであり、年平均成長率21.6%で成長して、2033年には121億USドルに成長すると予想される。

生成AIの実装方式に注目するとクラウドベースが主流であり、2023年には47.2%のシェアを占めていた。こうした傾向は、2033年まで続くと考えられる。クラウドベースが主流なのは、導入部署の規模に合わせて計算能力を柔軟に変えられることと、既存システムとの統合の容易さに起因している。

<引用>https://market.us/report/generative-ai-in-public-sector-market/

地域別に見ると、2023年時点では北米地域が38.2%ともっとも大きなシェアを占めている。同地域が大きなシェアを占めている要因には、世界最先端の研究機関を中心とした官民の交流がさかんなこと、そしてアメリカやカナダの政府が公共セクターのデジタルトランスフォーメーションに対して積極的に予算を割り当てていることが挙げられる。

<引用>https://market.us/report/generative-ai-in-public-sector-market/

大手調査会社BCGは2023年11月、世界の公共セクターにおける生成AI活用に関する特集記事を公開した。記事によると、生成AI活用による世界の公共セクターへの経済効果として、2033年までに年間1兆7500億USドルが試算される。こうした経済効果は世界各国ごとにも試算されており、G7諸国に関してはアメリカが5190億USドル、イギリスが1280億USドル、ドイツが850億USドル、フランスが830億USドル、カナダが730億USドル、日本が260億USドル、そしてイタリアが170億USドルとなる。

<引用>https://www.bcg.com/publications/2023/unlocking-genai-opportunities-in-the-government

McKinzey & Companyが2023年12月に公開した記事は、公共セクターにおける生成AI活用の典型的な4つのユースケースを解説している。キーワードの頭文字を集めて「4C」フレームワークと名づけられたユースケースは、以下の箇条書きのように説明される。

  • コンテンツ(Contents)の要約と合成:各種行政文書からの要点抽出や、複数の文書にもとづいた考察を出力する。
  • コーディング(Coding)とソフトウェア:公共セクターで活用されるITシステムの開発支援に生成AIを活用する。
  • カスタマー(Customer)エンゲージメント:チャットボットを活用して、地域住民に公共サービスを提供する。
  • コンテンツ(Contents)生成:業務上のeメール、SNSへのPRメッセージ投稿、各種契約書の作成などに生成AIを用いる。
<引用>https://www.mckinsey.com/industries/public-sector/our-insights/unlocking-the-potential-of-generative-ai-three-key-questions-for-government-agencies

以上の記事は公共セクターに生成AIを導入する際のヒントとして、導入時には生成AI活用ループのなかに必ず人間スタッフを配置すること、導入範囲については小さく始めて大きくする、などを挙げている。

世界の公共セクターにおける生成AI活用事例

以下では、世界の公共セクターにおけるさまざまな生成AI活用事例を紹介する。

シンガポール政府|チャットボット「Pair」による文書作成やアイデア出しの支援

シンガポールにおける行政のデジタルトランスフォーメーションを推進するGovTechは、公務員向けチャットボット「Pair」を開発した。メールの作成支援、アイデアの壁打ちなどを実行する同チャットボットは、試験導入開始から2ヶ月で100以上の政府機関で働く11000人以上のユーザーに使われ、週間アクティブユーザーは4500人以上である。

<引用>https://pair.gov.sg/

シンガポール政府機関による使用を想定して訓練されたPairは、自然言語によるチャットに加えて、各種文書の分析、コーディングにも対応する。また、反復的なタスクを自動化する基礎的なAIエージェント的機能も実装している。

シンガポール建築建設庁はPairの導入により、各種報告書のレビュー業務に要する時間を数時間から数分に短縮できた。報告書レビュー支援に続いて、新任職員のアドバイザーとして同チャットボットを活用することも検討している。

項目内容
活用カテゴリ公務員の業務支援
組織名 / サービス名シンガポールGovTech / Pair
特徴シンガポール政府機関における使用を想定して訓練
使用例メールの作成支援、アイデアの壁打ちなど
利点反復的なタスクの自動化も可能
導入効果各種報告書のレビュー業務の時間短縮

イギリス政府|LlmaベースのAI駆動型トリアージアシスタント「Guardian」

Metaは2024年11月、イギリスの国民保健サービスを強化するオープンソースLLM「Llama」ベースのAIアプリを開発するハッカソンを開催した。同ハッカソンにはフェリアル・クラーク(Feryal Clark)AI担当大臣も参列し、優秀なアプリを開発したチームには賞金と社会実装を想定した技術指導が提供された。

優勝したチームは、トリアージアシスタント「Guardian」を開発した。Llama 3.2をベースとしている同アシスタントは、患者の状況を入力するとリアルタイムに医療上のリスク評価を出力する。同アシスタントは救急救命室で働く医療従事者による使用を想定しており、ユーザーは出力されたリスクを参考にして、迅速な医療措置を行える。こうした効果により、救急救命室における待ち時間の短縮も期待できる。

Guardianは多言語対応しており、英語が得意でない患者も病状を適切に伝えられる。

以上のハッカソンを報じたイギリスメディアThe Guadianの記事によると、クラークAI担当大臣は「政府は、MetaのオープンソースモデルのようなAIを採用することで、AIによって我々の重要なミッションをサポートできる」と述べ、トリアージアシスタントをはじめとするハッカソンの成果を積極的に取り入れる姿勢を示した。

項目内容
活用カテゴリ医療現場におけるトリアージ
組織名 / サービス名イギリス政府 /  Guardian
特徴患者の状況に応じたリアルタイムのリスク評価
使用例救急救命室での医療措置支援
利点迅速な医療措置を促す
導入効果救急救命室における待ち時間の短縮

エストニア政府|省庁横断型かつ民間サービスも統合するチャットボット「Bürokratt」

エストニア政府は、公共サービスを支援するチャットボット「Bürokratt(ビュロクラット)」を提供している。同チャットボットはさまざまな省庁の情報を学習しているので、ユーザーは個々の公共機関のウェブサイトにアクセスせずに、チャットを介して各種公共サービスを利用できる。

Bürokratt最大の特徴は、民間企業も同チャットボットを活用したアプリ開発ができることにある。エストニア政府に活用を申請すれば、同チャットボットを利用した情報サービス提供が可能となる。2023年からは、気象情報が提供されている。

Bürokrattは、将来的には公共セクターと民間部門を統合してエストニア国民にパーソナライズ化された有益な情報を提供するプラットフォームとして機能する予定である。官民の情報サービスが統合されることで、例えば飛行機チケット情報に連動したパスポートの更新サービスなどが誕生するだろう。

項目内容
活用カテゴリ公共サービス提供
組織名 / サービス名エストニア政府 / Bürokratt
特徴公共セクターと民間部門を統合した情報サービス
使用例各種向上サービスの利用
利点政府機関のウェブサイトにアクセスせずに向上サービスを利用可能
導入効果将来的にはエストニア国民の情報プラットフォームとなる

コスタリカ政府観光局|海外観光客向けチャットボット「Mr. Sloth」

コスタリカ政府観光局は、同国の公式観光Webサイトにチャットボット「Mr. Sloth」(ミスター・ナマケモノ)を導入している。中南米の密林に生息するナマケモノは、同国の観光を象徴する動物である。

英語とスペイン語に対応しているMr. Slothは、親しみやすい性格と言葉遣いを用いるように訓練されている。2万件以上の質問に正確に答えることができ、同チャットボットの利用が増えるにつれて、利用履歴から新たな質問に答えられるようになる。現在の回答精度は70%以上だが、今後はさらに向上することが見込まれる。

Mr. Slothは複数のデータベースを利用して情報検索する負荷分散設計が行われているので、大量のリクエストがあっても遅延なく回答できる。

項目内容
活用カテゴリ外国人観光客の観光支援
組織名 / サービス名コスタリカ政府観光局 / Mr. Sloth
特徴英語とスペイン語に対応し、2万件以上の質問に回答
使用例観光地に関する情報収集
利点大量のリクエストがあっても遅延なく回答
導入効果コスタリカ観光のUX向上

オーストラリア税務局|不正税務処理の摘発

オーストラリアのテクノロジー系メディアThe Chainsawが2024年5月に公開した記事は、オーストラリア税務局におけるAI活用について報じた。

同局は、脱税対策としてパナマ文書やパラダイス文書のような世界的な脱税に関するリーク文書を、生成AIを使って読み込んだ。その結果、税務担当者は脱税に関する膨大な情報を調査に活用できるようになり、6000万オーストラリアドル以上の現金が回収できた。

同局は、超過勤務手当を支払わない雇用主の摘発にもAIを活用している。超過勤務手当を支払わない雇用主を特定できるAIを開発したのだが、その摘発成功率は90%以上を実現した。

項目内容
活用カテゴリ税務全般
組織名 / サービス名オーストラリア税務局 / 生成AIを活用した税務処理
特徴世界的リーク文書の読み込み
使用例脱税の摘発
利点リーク文書の情報を活用できるようになった
導入効果6000万オーストラリアドル以上の現金回収

アメリカ・MIT|画像生成AIを活用した政策立案実験

気候変動問題に特化したメディアAnthropoceneは2024年3月、アメリカ・MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究チームが発表した画像生成AIを活用した政策立案実験について報じた

MITの研究チームは、3000人以上の被験者を対象として、公共交通機関に投資して都市から自動車を減らす仮想の法案を支持するかどうか尋ねる実験を行った。支持を尋ねる際に、法案の効果を文章で説明した文書、自動車が減った都市のスケッチ、そして画像生成AIが生成した自動車が減った都市に関するフォトリアルな画像を見てもらったうえで、支持率がどう変化するか調査した。

以上の実験の結果、画像生成AIが生成した都市画像を見た場合、当該政策の支持率が高かったことが判明した。この結果は、政策立案に画像生成AIを活用することで、政策の効果を直感的にイメージできるようになり、その結果として政策立案を促進できることを示唆している。

項目内容
活用カテゴリ政策立案
組織名 / サービス名MIT / 画像生成AIを活用した政策立案実験
特徴グリーン政策の支持に関して、画像生成AIを活用した説明を追加
使用例自動車が減った都市の景観を生成
利点政策による効果が直感的に理解できる
導入効果グリーン政策の支持率向上

まとめ|公共セクターにおける生成AI活用の動向と展望

公共セクターにおいては文書関連業務が多く、生成AIとの相性が良いことから、業務効率化の文脈で活用が進みつつある。また、それ以外にも住民サービスの向上に向けたシステム統合を行うなど、住民が利用しやすい公共サービスの実現に向けた取り組みも進む。上記事例などを踏まえると、大きく以下のようにトレンドを分析できるだろう。

  1. 業務効率の向上
    • 生成AIの導入により、文書作成、議事録の要約、問い合わせ対応などの定型業務が自動化される。その結果、職員は高度な意思決定や政策立案といった付加価値の高い業務に集中できるようになる。
  2. 行政サービスの品質向上
    • AIを活用することで、市民の質問に対する即時対応が可能となり、24時間体制のチャットボットや多言語対応の支援など、行政サービスの利便性が向上する。
  3. データ活用の高度化
    • 生成AIは大量の行政データを分析し、政策立案や予測分析に活用できる。例えば、過去の施策の評価や将来の社会課題の予測など、データにもとづく政策立案が容易になる。
  4. 予算の最適化
    • 生成AIの活用により、業務の自動化や効率化が進み、人件費や事務費の削減が可能となる。さらに、予算編成や支出の分析をAIが支援することで、無駄の削減や最適な資源配分が実現し、財政の健全化につながる。


2025年は特にAIエージェント技術への注目が高まっており、行政関連の業務の変革が進むなど、行政システムと生成AIの統合が進むだろう。また、膨大なデータを分析できることによって政策立案やリスク管理など、幅広い面で新たな付加価値を生み出していくことが想定できる。

  1. 政策立案の高度化
    • 膨大なデータを分析し、政策のシミュレーションを行うことで、より精緻な意思決定が可能となる。過去の政策における成果を評価し、他国の事例と比較することで、より効果的な施策の立案を支援する役割を果たす。
  2. 公共サービスのパーソナライズ
    • 住民一人ひとりのニーズに応じた公共サービスの提供が可能となる。例えば、福祉や医療分野において、個人の状況に応じた支援プログラムの提案を自動化し、より的確なサービスを実現する。
  3. リスク管理と危機対応の強化
    • 災害時の情報分析やフェイクニュースの検出、サイバーセキュリティの強化において、生成AIは重要な役割を果たす。リアルタイムでの情報収集と分析を通じて、迅速な意思決定を支援し、被害の最小化に貢献する。
  4. 公務員のスキル変革
    • ルーチン業務の自動化により、公務員はより創造的・戦略的な業務に集中できるようになる。同時に、AIと協働するための新たなスキルの習得が求められ、行政職員の役割も変化していくだろう。
  5. 倫理・ガバナンスの高度化
    • 生成AIの活用が進む中で、公正性・透明性・プライバシー保護を確保するためのルール整備が不可欠となる。バイアスの排除や、誤情報の拡散防止に向けた対策を講じるとともに、AIの意思決定プロセスを説明可能にする取り組みが求められる。


公共セクターにおける生成AI活用が進展するうえで重要なのは、その利点を最大限に活かしつつ、適切な運用体制を確立することである。技術の進歩とともに新たな課題が生じる可能性があるため、継続的な制度の見直しと適応が求められる。公務員のスキル向上やAIガバナンスの強化を図ることで、公共サービスの品質を改善しつつ、住民の信頼を確保することが不可欠となるだろう。


(記事著者:吉本幸記