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レポート作成から顧客対応まで|生成AI海外事例集 ー金融・保険編ー

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AI技術の進化が加速する中、生成AIが産業界に革命をもたらそうとしている。その影響は金融・保険業界にも及び、金融レポートの作成や保険に関わる意思決定、さらには顧客対応の在り方を大きく変えようとしている。

本連載「生成AI海外事例集」では、世界各国の生成AI活用事例を紹介しながら、変革の波に乗る各業界の未来を展望する。今回は、金融・保険における先進的な取り組みに焦点を当て、生成AI活用によるこれらの業界の業務効率化や顧客対応の改善について見ていく。

金融市場は2034年には218億USドルに成長。保険市場は143億USドルに

調査会社Precedence Researchは2024年10月、世界の金融業における生成AI活用市場に関するレポートを発表した。レポートによれば、2024年における同市場の規模は12億6,000万USドルと算出され、年平均市場成長率33%で成長して、2034年には218億2,400万ドルになると予想される。

<引用>https://www.precedenceresearch.com/generative-ai-in-banking-and-finance-market

以上の市場を地域別に見ると、もっとも大きいのがアメリカを含む北米地域であり、2023年には37%のシェアを占めていた。次いで大きいのはEUを含むヨーロッパ地域で30%であり、日本を含むアジア太平洋地域は23%である。しかしながら、今後もっとも成長するのはアジア太平洋地域であると予想されている。

<引用>https://www.precedenceresearch.com/generative-ai-in-banking-and-finance-market

世界の保険業における生成AI活用市場については、Precedence Researchが2024年9月にレポートを発表している。レポートによれば、2024年の同市場の規模は8億1,900万USドルであり、年平均成長率33.1%で成長して、2034年には143億USドルになると予想される。同市場が金融業における生成AI活用市場より小さいのは、金融業における生成AI活用のほうが大規模かつ多岐にわたるからである。

<引用>https://www.precedenceresearch.com/generative-ai-in-insurance-market

以上の市場を地域別に見ると、2023年時点でもっとも大きいシェアを占めるのは北米地域である。この地域では、健康保険部門における生成AI活用が成長をけん引している。今後もっとも成長が見込まれるのは、アジア太平洋地域である。この地域の成長要因は、中間層の保険プランの加入と高齢層を対象とした医療保険の需要増加が指摘できる。

<引用>https://www.precedenceresearch.com/generative-ai-in-insurance-market

金融業と保険業における典型的な生成AI活用のユースケースは、以下に挙げるような3項目がある。

  • バックオフィス支援:市場関連ニュースの要約、市場レポートや各種文書の下書き作成に生成AIが活用される。
  • リスク対策:詐欺や不正利用の検出、投資や保険のリスク評価に生成AIを活用。とくに保険業では、健康保険の不正請求の検出に活用されている。
  • 顧客対応:顧客が使うチャットボットやバーチャルアシスタントに生成AIを活用。これらのツールは、提供サービスのパーソナライズに役立っている。

なお、株価予測やポートフォリオ管理などにもAIが活用されているが、こうした数値情報にもとづいた予測や最適化は、第三次AIブーム時に発展した予測系AIが多用されてきた。生成AIの登場により、数値情報だけではなくテキスト情報の処理や生成が可能となることで、予測や最適化の精度向上が期待できる。

世界の金融・保険における生成AI活用事例

以下では、世界の金融・保険における生成AI活用事例を前述の典型的ユースケースに即して紹介する。

OpenAI|98%以上の導入率を実現した「AI @ Morgan Stanley Assistant」

OpenAIは2024年9月11日、モルガン・スタンレーが導入したGPT-4ベースの社内向けバーチャルアシスタントを紹介する記事を公開した。「AI @ Morgan Stanley Assistant」と名づけられた同アシスタントは、社内情報検索の高速化、調査レポートの要約をはじめとする各種の反復的作業の自動化、顧客ニーズの分析強化を目的に開発された。

以上のアシスタントを導入した結果、以下のような効果が確認された。

  • ウェルス・マネジメントにおいて98%以上の導入率を達成
  • 文書へのアクセス率が20%から80%に急増し、検索に要する時間も劇的に短縮
  • タスク自動化と分析の高速化により、アドバイザーは顧客との関係構築により多くの時間を費やせるようになった。
項目内容
活用カテゴリ金融バックオフィス業務
企業名 / サービス名OpenAI / AI @ Morgan Stanley Assistant
特徴GPT-4ベースの社内向けバーチャルアシスタント
使用例社内情報検索、調査レポートの要約
利点文書へのアクセス率が80%に急増、検索時間も劇的に短縮
導入効果顧客との関係構築により多くの時間を費やせる

Allganize|ノーコ―ドで社内向け金融アプリを作成できる「Alli Finance LLM App Market」

アメリカ・ヒューストンに本社があるAllganizeは2024年5月30日、金融業向けアプリ開発プラットフォーム「Alli Finance LLM App Market」を発表した。同プラットフォームには法務、人事、顧客サポートなどの典型的業務に関するアプリが事前登録されているほか、カスタム業務のためにノーコードで金融アプリを作成する機能が実装されている。

<引用>https://www.allganize.ai/en/blog/allganize-launches-alli-finance-llm-app-market-large-language-models-specialized-for-finance-industry

Alli Finance LLM App Marketには、発表時点でOpenAIのGPT-3.5とGPT-4、GoogleのPalm 2、AnthropicのClaude 2が統合されており、加えて金融業向けにカスタマイズしたLLM「Alli Finance 13B」も使える。

項目内容
活用カテゴリ金融業務全般
企業名 / サービス名Allganize / Alli Finance LLM App Market
特徴金融業向けアプリを事前登録
使用例法務、人事、顧客サポートに関わるアプリ開発
利点金融業向けにカスタマイズしたLLM「Alli Finance 13B」が使える
導入効果カスタム業務のためにノーコードで金融アプリを作成できる

Nasdaq|アラートレビュー時間を最大90%短縮する「Entity Research Copilot」

Nasdaqの金融犯罪対策部門Verafinは2024年4月22日、生成AIを活用した金融犯罪管理ソリューション「Entity Research Copilot」を発表した。従来の金融犯罪対策では、疑わしい活動が検出されると、アナリストがレビューを行う。その際、膨大なデータを精査したうえで調査を継続するかどうかを決定する。

Entity Research Copilotを活用すると、アラートされた対象に関するネガティブなニュースを収集して、簡潔な調査結果が生成される。こうした調査結果にもとづいてアラート対象の調査継続可否を判断できるので、従来の方法に比べて最大90%の時間短縮を実現した。

<引用>https://verafin.com/artificial-intelligence/

項目内容
活用カテゴリ金融犯罪調査
企業名 / サービス名Nasdaq Verafin / Entity Research Copilot
特徴生成AIを活用した金融犯罪に関わるデータを収集してレポートを生成する
使用例アラートが検出された対象に関する調査の実施
利点アラート対象のネガティブなニュースを自動収集
導入効果調査時間を最大90%短縮

Zest AI|貸金業者の業務を支援するチャットボット「LuLu」

信用調査を手がけるアメリカのAI企業 Zest AIは2024年2月29日、貸金業者の意思決定を支援するチャットボット「LuLu」を発表した。融資と金融に関するデータに接続されたこのチャットボットは、貸金業者の自然言語による質問に対して、正確でカスタマイズされた回答を出力する。

LuLuは、Zest AIが提供する各種データと連携している。そうしたデータには融資の決定や条件を策定するのに役立つ申請者レポートがあり、そのレポートにもとづいて競合他社との融資条件の比較などが行える。

<引用>https://www.zest.ai/product/lending-intelligence/

項目内容
活用カテゴリ貸金業務全般
企業名 / サービス名Zest AI / LuLu
特徴貸金業に関する質問に自然言語で回答
使用例貸金業務の意思決定に関する質問の回答を得る
利点融資決定や融資条件に関するデータにもとづいた回答が得られる
導入効果貸金業務における精度向上と効率化

Natwest|金融サービスを自然言語で提供するデジタルアシスタント「Cora」

イギリス・ロンドンに本社がある銀行Natwestは、24時間365日稼働する顧客向けデジタルアシスタント「Cora」を提供している。チャット形式で顧客の質問に答える同アシスタントは、以下のようなサービスを提供している。

  • 顧客情報の確認・変更:顧客の住所や電話番号の確認と変更が行える。
  • 残高照会と取引検索:顧客口座の残高照会と過去の取引の検索。
  • カード紛失の報告:紛失したカードを使用停止にして、新しいカードを注文できる。
  • etc…

Coraはモバイルアプリとして利用できるほか、Natwestのオンラインバンキング画面、Natwest公式ページの右下からもアクセスできる。

項目内容
活用カテゴリ金融顧客対応
企業名 / サービス名Natwest / Cora
特徴24時間365日稼働するデジタルアシスタント
使用例残高照会、カード紛失の報告など
利点モバイルアプリ、オンラインバンキング画面等からアクセス可能
導入効果顧客のニーズに迅速に対応

Helvetia|国際的保険グループが開発した常時学習するチャットボット「Clara」

スイスに本社を置く国際的保険グループHelvetiaは2023年11月23日、同社が運用するチャットボット「Clara」にChatGPTを統合する実験を完了したことを発表した。この成功により、顧客からの保険や年金に関する質問に対して、より高品質な回答を出力できるようになった。

24時間365日稼働するClaraは、顧客からの質問内容を学習プロセスに組み込んでいるので、常に改善され続けている。2023年には15万件以上のチャットを処理した。

Claraが回答を生成する際は確認済みの情報源のみを参照しているので、誤った回答が生成される可能性は低い。万が一、疑わしい回答が出力された場合には、担当窓口への連絡を推奨している。

<引用>https://www.helvetia.com/ch/web/en/about-us/news/media-releases/2023/20231123.html

項目内容
活用カテゴリ保険顧客対応
企業名 / サービス名Helvetia / Clara
特徴ChatGPTが統合された保険顧客向けチャットボット
使用例保険や年金に関する問い合わせ
利点顧客からの質問から学習することで、常に改善される
導入効果信頼できる情報源に基づいて回答を生成

まとめ|金融・保険における生成AI活用の動向と展望

金融・保険における生成AI活用の主な特徴と影響を、より具体的かつ専門的にまとめ直すと以下のようになる。

  1. コスト削減と業務効率化
    • 生成AIを活用することで、手作業が多かったプロセスを自動化し、運用コストを削減できる。
  2. 詐欺検知と防止
    • 生成AIは、取引データや行動履歴を解析し、異常なパターンを即座に検知する能力を持つ。不正行為の早期発見と防止により、企業の損失を最小限に抑えると同時に、顧客からの信頼を高められる。
  3. リスク評価の精緻化
    • 生成AIは、大量のデータに基づいたリスク分析を迅速かつ正確に行う能力を持つ。保険の引受審査や金融商品のリスク評価において、人間の専門家では見落としがちなパターンを見出すことで、より適切な判断をサポートする。
  4. カスタマーエクスペリエンスの向上
    • 自然言語生成やチャットボット技術を活用し、顧客対応をパーソナライズ化することが可能である。たとえば、保険契約の説明や金融商品の提案を、個々の顧客ニーズに応じて簡潔かつ理解しやすい形で提供できる。


2025年以降の今後の展望としては、以下の点が重要になると考えられる。

  1. リアルタイム予測分析による市場変動対応の迅速化
    • 生成AIによって、膨大な市場データをリアルタイムで解析し、将来的な価格変動やトレンドを高精度で予測できるようになるだろう。精度向上した市場予測にもとづけば、市場変動を見越したより適切な意思決定が可能となるかもしれない。
  2. 規制対応の自動化とコンプライアンス管理の強化
    • 金融業界は複雑な規制に対応する必要があるが、生成AIはその膨大な規則や更新情報を効率的に解析し、自動的にルール違反を未然に防ぐ仕組みの構築が期待できる。こうした自動化により、業務効率の向上だけではなくコンプライアンス管理の強化につながる。
  3. 信用スコアリングの精度向上
    • 従来の信用スコアリングモデルに生成AIを導入することで、非伝統的データ(例えば、ソーシャルメディアや購買履歴)をも考慮したより包括的な信用評価を実現できる可能性がある。


以上の特徴と展望をふまえると、生成AIの活用は、金融・保険業界における革新の中核となるだろう。こうした変革には技術的な課題や倫理的な配慮も伴うため、導入と運用のプロセスにおいて慎重な検討が求められる。特に、生成AIの予測結果や意思決定の透明性を確保しつつ、データのプライバシー保護や不公平性の排除を図ることが重要となるだろう。

(記事著者:吉本幸記