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「上流から下流まで」|生成AI海外事例集 -製造業編-

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AI技術の進化が加速する中、生成AIが産業界に革命をもたらそうとしている。その影響は製造業にも及び、設計プロセスの効率化から品質管理の高度化まで、業界の姿を大きく変えようとしている。

本連載「生成AI海外事例集」では、世界各国の生成AI活用事例を紹介しながら、変革の波に乗る各業界の未来を展望する。今回は、製造業における先進的な取り組みに焦点を当て、生成AIがもたらす生産性向上や製品革新の可能性、そして実装に伴う課題を探っていく。

2033年には約105億ドル市場に成長。活用範囲は上流から下流まで

アメリカの調査会社Market.USは2024年3月、世界の製造業における生成AI活用市場に関するレポートを発表した。そのレポートによると2023年の当該市場規模は約3億1,600万米ドルであり、年平均成長率42で成長して、2033年には約105億4,000万ドルに成長すると予想される。

<引用>https://market.us/report/generative-ai-in-manufacturing-market/

運用方式としては、2023年から2033年まで一貫してオンプレミスが過半数を占める。この運用方式が好まれるのは、クラウド方式よりセキュリティが高いうえに、社内にサーバを設置するため高速な計算速度を期待できるからである。

製造業における生成AIの活用範囲については、MaKinsey & Companyが2024年3月に公開したブログで考察している。その活用範囲は、製造工程の上流から下流にむかって以下のように3つの局面に分類される。

  • 計画:製品の研究開発段階における設計コンセプトや、新素材の開発に生成AIを活用。
  • 製造:製造現場の従業員の教育用動画の制作や、各種ドキュメントの自動翻訳に生成AIを活用。
  • 提供:自動配送ルートの設計や、各種ドキュメントの作成に生成AIを活用。
<引用>https://www.mckinsey.com/capabilities/operations/our-insights/operations-blog/harnessing-generative-ai-in-manufacturing-and-supply-chains

生成AIによって製造業におけるいくつかのタスクを自動化できるが、人間の作業者が製造現場から完全に排除されることはない。というのも、現状の生成AIは特定のデータに対して偏った判断や生成を行ってしまうバイアスの問題を完全に克服していないため、生成AIの出力を監督する人間を製造工程に配置する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」体制の確保が不可欠だからである。

セキュリティやバイアスの問題を配慮したうえで生成AIを活用すれば、製造業は生産効率を向上させ、新規事業も立ち上げられるだろう。

世界の製造業における生成AI活用事例

以下では、世界の製造業における生成AI活用事例を製造工程の上流から下流の順に紹介する。

ダッソー・システムズの「3DEXCITE」

フランスに本社を置くダッソー・システムズ(Dassault Systèmes)が提供する製品設計ソフトウェア「3DEXCITE」は、生成AIを搭載することでプロンプト入力による製品コンセプトの制作が可能になった。例えば自動車の外観を考案する場合、車両の色や背景画像をプロンプトで指定すると、その内容と合致する画面が表示される。

3DEXCITEは、NVIDIAが2024年3月に開催したカンファレンスNVIDIA GTC 2024で紹介された。その紹介によれば、同ソフトウェアはShutterstockがライセンス供与したクリエイティブ・データで学習した結果、自動車設計におけるさまざまな視覚的環境をプロンプト入力によって再現できるようになった。

3DEXCITEは自動車のコンセプトデザインの考案のほかには、スポーツ用品メーカーのアシックスが顧客ごとにカスタマイズされたシューズを可視化するのに活用している。

項目内容
活用カテゴリ製品設計
企業名 / サービス名ダッソー・システムズ(Dassault Systèmes)/ 3DEXCITE
特徴生成AI搭載によりプロンプト入力で製品コンセプトの制作が可能
使用例自動車の外観デザイン、アシックスのカスタマイズシューズの可視化
利点効率的なコンセプト制作、ビジュアルシミュレーションの精度向上
導入効果製品コンセプトデザイン工数の短縮

Toyota Research Instituteの生成AI統合型車両設計ツール

トヨタ自動車傘下の研究機関Toyota Research Instituteのイギリス拠点は2023年8月、生成AI統合型車両設計ツールを発表した。このツールは、従来の画像生成AIが生成する車両画像が自動車工学の専門知識を反映していない問題を克服している。

以上のツールの特徴は、「洗練された」「SUVのような」「モダンな」のような感性的な単語を入力すると、これらの単語を反映した車両の外観が出力されるところである。この外観では、空気抵抗をはじめとする車両設計に不可欠な工学的指標が最適化されている。同ツールは、画像生成時に車両設計に関する最適化原理を満たすように訓練された。

このツールを活用すれば、外観と車両設計に関する検討事項を同時に調整できるようになるので、設計に要する工数の削減を期待できる。

項目内容
活用カテゴリ製品設計
企業名 / サービス名Toyota Research Institute / 生成AI統合型車両設計ツール
特徴プロンプト入力により、自動車工学的に最適化された車両デザインを出力
使用例車両の外観設計
利点外観と車両設計に関する検討事項を同時に調整
導入効果車両外観設計の工数削減

生成AIによって顧客中心の設計を推進するLoft Design

BOSEやNikeといった大手メーカーを顧客にもつアメリカのデザインスタジオLoft Designは、依頼された製品デザインを考案する際に生成AIを積極的に活用している。同社のブログ記事によると、同社は以下のような3つの生成AIを活用している。

  • ChatGPT:ブレインストーミングや情報収集に活用。後述する画像生成AIのMidjourneyに入力するプロンプトを作成する際のアシスタントとしても用いている。
  • Midjourney:製品プレゼン時に引用する画像を制作する際に活用。製品コンセプトが明確に伝わるように配慮して、画像を生成する。
  • Krea.AI:Krea.AIはクリエイターに需要のある各種生成AIを集めたサービスであり、ロゴ生成AIやパターン生成AIなどを提供している。これらのAIを活用してデザインプロセスを効率化する。
<引用>https://www.loft.design/insights/integrating-ai-into-the-design-toolkit-for-improved-creativity-and-productivity

Loft Designは、多様なデザインを短時間で繰り返し出力できる生成AIの利点を活かして、顧客の要望を実現する顧客中心の設計を推進している。

項目内容
活用カテゴリ製品設計
企業名 / サービス名Loft Design / –
特徴各種生成AIを活用した製品コンセプトデザイン
使用例設計案件における生成AI活用
利点多様な製品コンセプトを試行錯誤できる
導入効果顧客の要望を実現する顧客中心の設計を推進

製造ラインの運用を効率化したU.S.Steelの「MineMind」

アメリカの大手製鉄メーカーU.S.Steelは2023年8月、製造ラインの効率化を実現する生成AI駆動型アプリケーション「MineMind」の導入を発表した。Googleと共同開発した同アプリケーションは、Google Cloudが提供するDocument AI や Vertex AIが活用されている。

MineMindは、製造ラインにおける機械的な問題に対して最適な解決策を短時間で従業員に提供する。解決策の生成には、Document AIの文書を分類・分割・抽出する機能が用いられている。

MineMindが完全に稼働した場合、U.S.Steelの技術者が作業完了までに要する時間を推定20%短縮できると期待されている。

項目内容
活用カテゴリ製造ライン
企業名 / サービス名U.S.Steel / MineMind
特徴生成AI駆動型アプリケーションによって、製造ラインのトラブルシューティングを効率化
使用例製鉄ラインにおける技術者支援
利点技術者に適切な情報をすばやく提供できる
導入効果20%の工数削減

検品用画像認識AIの学習データを生成AIで作成するボッシュ

世界最大手の自動車部品メーカーであるボッシュ(Bosch)は、2023年より検品用画像認識AIの学習データを生成AIによって作成している。

以上の事例を解説したボッシュの公式ブログ記事によると、同社は以前から製造部品の検品に画像認識AIを活用していた。このAIの認識精度を向上させるには、欠陥部品の画像が不可欠となる。しかし、製造ラインの性能が高いので、こうした画像を多数用意するのが困難であった。そこで画像生成AIによって、欠陥部品の画像を生成することにした。

<引用>https://www.bosch.com/stories/ai-image-recognition-production/

以上のようにして訓練された検品用画像認識AIは、その導入により製造期間が6カ月短縮し、年間生産性が10万ユーロほど向上すると見込まれている。

なお人間が検品を行った場合、その精度は70~90%なのに対し、ボッシュの検品用画像認識AIはほぼ100%の精度を実現する。

項目内容
活用カテゴリ製造ライン
企業名 / サービス名ボッシュ(Bosch)/ 検品用画像認識AI
特徴検品用画像認識AIの学習データを生成AIによって作成
使用例自動車部品製造における検品
利点検品用画像認識AIの精度向上
導入効果ほぼ100%の精度を実現

生成AI搭載型デジタルツインを構築するシーメンスの「Teamcenter X」

ドイツの総合メーカーのシーメンス(Simens)は、製造ライン全体をデジタルツインとして再構築して製造プロセスを管理・効率化するサービスTeamcenter Xを提供している。同サービスによってフォトリアルなデジタルツインを生成できると同時に、前述のU.S.SteelのMineMindのように製造ライン運用に必要な情報を抽出できるようになる。

Teamcenter Xを解説したUS版NVIDIAのブログ記事によると、同サービスの高度なグラフィック描画能力は、メタバースを構築できるNVIDIA OmniverseのAPIを活用していることに由来する。デジタルツインの生成には、Omniverse APIによるコード生成が行われている。

Teamcenter Xを活用した先駆的事例には、船舶メーカーのHD Hyundaiがある。同サービスによって700万以上の部品から構成された大型船舶製造ラインのデジタルツインを構築した結果、実際の製造工程を実行する前に製造工程を検証することに成功した。

項目内容
活用カテゴリ製品設計から製品提供まで
企業名 / サービス名シーメンス(Simens)/ Teamcenter X
特徴製造ライン全体をデジタルツイン化
使用例HD Hyundai(船舶メーカー)の製造ライン
利点製造ライン全体の管理の効率化
導入効果製造ライン稼働前に課題を検証できる

まとめ:製造業における生成AI活用の動向と展望

製造業における生成AI活用の主な特徴と影響を、より具体的かつ専門的にまとめ直すと以下のようになる。

  1. スマートファクトリーの高度化
    • 予知保全:生成AIによって強化された機械学習モデルによる設備故障の予測精度が向上し、ダウンタイムを最小化。
  2. 製品開発サイクルの短縮
    • CAD/CAEとの連携:生成AIによる設計案の自動生成と、シミュレーションによる迅速な検証。
    • デジタルツイン:生成AIが生成した仮想環境での製品テストの加速。
  3. 品質管理の革新
    • 画像認識による不良品検出: 生成AIを活用した高精度な外観検査の自動化。
  4. カスタマイズ生産の効率化
    • マスカスタマイゼーション:生成AIによって顧客要求に柔軟に対応することによる、柔軟な生産ラインの構築。
    • 3Dプリンティングとの統合:生成AIを活用した複雑な形状の部品設計と、オンデマンド生産の実現。
  5. 環境負荷低減への貢献
    • 材料ロス削減:生成AIによる最適な材料切断パターンの提案と、廃棄物の最小化。


2025年以降の今後の展望としては、以下の点が重要になると考えられる。

  1. AIと人間の協調作業の深化
    • 協働ロボットとの高度な連携:生成AIによる作業指示と、人間の判断を組み合わせた柔軟な生産システムの構築。
    • スキルの補完と拡張:生成AIによってカスタマイズされた訓練プログラムによるスキル教育。
  2. 新素材開発とプロセス革新
    • 材料インフォマティクス:大規模な材料データと生成AIを活用した新素材の探索と特性予測。
    • アディティブマニュファクチャリングの進化:生成AIによる新たな造形方法の開発と、従来不可能だった構造の実現。
  3. サステナブル製造の実現
    • サーキュラーエコノミーの推進:生成AIを活用した製品設計の最適化により、リサイクル性と耐久性を向上。
    • カーボンニュートラル化:生成AI駆動型ライフサイクルアセスメントによる、製品・プロセスのCO2排出量の最小化。


これらの展望を実現するためには、製造業各社が自社の強みと生成AIの特性を深く理解し、戦略的に統合していく必要がある。同時に、AIの判断プロセスの透明性確保や、データセキュリティの強化など、新たな課題にも積極的に取り組むことが求められる。業界の垣根を越えたデータ連携や生成AI活用ノウハウの共有など、オープンイノベーションの促進も鍵になるだろう。生成AIは製造業に革命的な変革をもたらす可能性を秘めており、その潜在力を最大限に引き出すための包括的なアプローチに期待が高まる。